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□くろねこの話
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くろねこのはなし




それは今じゃないとき。ここじゃない何処かで。
黒猫がいました。
名前はありません。名づける者も、それを呼ぶ者もいなかったからです。
ただ、黒猫でした。
前足も後ろ足もしっぽも、そのまま夜に溶け込んでしまいそうな、
くすんだ黒色につつまれていました。
そして少し緑がかった瞳が うっとうしそうに何処かを見つめていました。

一面の星空が世界を照らす頃。
「僕はあなたに聞きたいことがある」
どこまでも遠い空を見上げながら、小さな声でささやきました。
「あなたにこころはありますか?」
誰に言っているのかわからないまま、猫は淡々としゃべり続けました。
「僕はあなたにはあると思うのです。だってあなたは僕じゃないから」
「僕にはこころがないのです。嬉しいとか、悲しいとか、何も感じないのです」
「笑顔の作り方を 涙で頬を濡らすことを 怒りで顔を歪めることを」




「僕は何も知らないのです」




「この世界に、答えはありますか?」
最後の台詞はこだまのように、高く響いて消えました。
それで満足したのか猫は歩きだしました。
ただ、足りないこころを探すために。






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