SS

□君の手で
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生まれて初めて口にした毒の味を、今も覚えている。舌が痺れるような感覚と耐え難い苦味は、慣れた今でも好きになれない。飲み込めなくて目に涙が溢れてきて、呼吸困難で気を失った事もあったかな。

眠る事を禁じられ修行は何日も続いた。鞭で打たれる痛みも全身を貫く電流も、最初から平気だった訳じゃない。

つらいとか逃げ出したいとか、本当は少し考えたさ。でも、それが到底不可能だって事も、幼いながらに知ってたんだ。

だから感情を殺した。そういう念が必要だった。初めて針を刺したターゲットは、俺自身だった。

それからは何も感じずに、与えられる課題を黙々とこなしていった。邪魔な感情は全て針でコントロールした。その内針なんか使わなくても、余計なものは生まれなくなったよ。

そして気がついたら、一流の暗殺者と呼ばれるようになってた。



だから自分に針を刺すのは、何年ぶりだろうかと思う。こめかみと額に数本刺してみたけど、全然効果がないんだ。

おかしいよね。念の能力は昔よりずっと高まってるはずなのに、これじゃ辻褄が合わない。一流の暗殺者が聞いて呆れるよ。自分の気持ちすら制御出来ないなんて。

苦しいんだ。経験した事のないくらいに。まるで酸素が薄くなったみたいにさ。何処に居ても四六時中で、居てもたっても居られなくなる。

解放されるにはどうすればいいか、本当はわかってるんだ。俺が知ってる方法は一つしかないけど、試すのはちょっと勇気が要るんだよね。



勝手に焦がれたり高鳴ったりする心臓を、直接針で貫けばいい。奥深くまで届けばきっと静かになるだろう。そうすれば、ようやく眠る事が出来るから。

もう、自分じゃどうにも対処出来なくて。




だから、君の手で




もう一度俺を射抜いてよ。






(そして救って欲しいんだ)

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