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□ラッキーガールの迷走
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時計の針の音がやけに鮮明に響いていた。部屋の明かりを消してから、どのくらい経つだろうか。名前は布団にくるまって、ただひたすら眠る努力をしていた。きつく目を閉じ思考を停止させようとするのだが、背中に感じるイルミの気配を無視する事が出来ない。
否、正確には気配など感じないのだ。隣のベッドに彼が居ると思うその意識が、名前の気持ちを酷く落ち着かないものにさせていた。
眠らなければ明日の試験に響く。そう考えれば考える程、頭が冴えてくる。
「眠れないの?」
何度目かに体勢を変えた時、闇の奥から声をかけられた。さほど大きくはなかった筈なのに、長く静寂に身を置いていたせいかその声に少し驚く。反射的に名前は寝返りを打って顔を振り向けていた。
「緊張してしまって……」
何が、とは問われなかった。
「話でもしようか?」
イルミは身体を起こすと、ベッドの上に胡座をかいて座り込んだ。軋むスプリングの音に一瞬どきりとしたが、彼はそのまま頬杖をつくように姿勢を低くした。暗くて名前の位置からは輪郭しか見えないが、変わらぬ距離に少し安堵する。
同じように座ろうと布団を捲った名前を、イルミの声がやんわりと制した。
「横になってた方がいいよ。眠くなったら眠れるように」
「あ……はい」
言われるまま枕へ頭を沈めると、朧気な影さえも見えなくなった。暗闇の向こうから声だけが届く。少し掠れていて、どこか蠱惑的な男の声。緩やかに紡がれ、夜の空気に溶けてゆく。
「名前はさ、俺のこと、いい加減な奴だと思ってる?」
「そんなことは……」
「明日は移動があるかな?」
「どうでしょうか」
「名前は、早く俺と離れたいだろうね」
「………」
「本当はさ――…」
彼が何を言ったのか名前には聞き取れなかった。心地よい声音に瞳を閉じれば、その先は夢の中だった。