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□ラッキーガールの陥落
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「どうせなら、歩きながら話そう。この試験にも制限時間があるからね」
イルミの一言で大事なことを思い出し、名前は大きく頷いた。長い時間を与えられているということは、ゴールまでの道のりが困難であることを示している気がした。こんな所で立ち止まっている場合ではない。
「そうですね。急ぎましょう」
「一緒に行く気になった?」
「いいえ、別々にですけど」
イルミは分かってないな、というように腰に手を当て、目を伏せて浅く溜息を吐いた。
「この先はずっと一本道だ。俺は急いでるから君を先に行かせられないし、君もだらだら歩く俺と一定の距離が出来るまで、ただ待っては居られないだろう。ということは、やっぱり一緒に行く感じになっちゃうんだよね」
「ちょっと待って下さい。なぜ急いでるのにだらだら歩くんですか?」
「いや、急いでるよ。だから無駄話は止めて早く行こう」
「………」
それ以上の突っ込みは口にしなかったけれど、本当は全然納得していなかった。それでも彼の言った通り、少なくとも今は別々に行動するのが少々困難な状況であるというのは間違いではないと思えた。
「俺に頼りっぱなしになるのが嫌なら、君も役割を果たしてくれればいいよ。そうすれば、協力してゴールしたことになる」
「役割って具体的には……?イルミさんと一緒に居て、わたしに役割なんてあるんでしょうか?」
「ついこの間までライバルなんて言ってたのに、ずい分控えめな質問だね」
「わたしだって、空気くらい読めます」
同室になるまで気が付かなかったが、受験生のイルミ(ギタラクル)に対する態度は少々奇妙なものだった。誰も口には出さないが、絶対に関わりたくないという心理が彼らの仕草や視線に滲んでいた。実力者へ抱く尊敬や憧憬というより、得体の知れない者に対する恐怖心。それはイルミ以外にもう一人、道化に対しても同じだったけれど。
「イルミさんとわたしでは天と地程の差があります。ケティちゃんとチャーミィケティちゃん、ハムスターとハムくらいの差です」
「例えがよく分からないけど、そこまでじゃないよ」
イルミは一瞬眉を寄せたが、身体能力を評価されたのはそれなりに満足そうだった。
「そんなイルミさんが、わたしの手助けなんて必要あるんでしょうか?」
「うん。俺だって背中に目がある訳じゃないから。名前には見張りの意味で俺の後ろを歩いて貰う。後方から敵が来たら、抱き付くなり何なりして知らせて」
「本当にそんなの必要なんですか?イルミさんなら、背後の気配にも気付けると思いますし……それに、抱き付いたら闘えないと思いますけど」
「ああいいね。その状況」
「いいって何が……」
「とにかく、そういうことだから出発」
当たりが良かったのか、道は比較的安全なルートだと言えた。所々にナイフや槍が降ってくるトラップが仕掛けてあったが、一応ここまで勝ち残ってきた名前なのでその程度は避けられた。別段大きな危険がないまま、一時間が過ぎようとしていた。
通路は相変わらず薄暗くて、石壁に蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れていた。名前は時々後ろを振り返りながら、赤々と照らされたイルミの広い背中から離れないように歩を進めた。
「イルミさんは、どうしてハンター試験を受けたんですか?」
「何で?俺が受けたら不自然?」
「不自然っていう訳じゃないですけど、この試験はイルミさんにとって簡単なんですよね?それならどうしてかなと思って」
「仕事の関係で、どうしても資格が必要なんだ。それで仕方なくね」
「そうなんですか。仕事って何ですか?」
「何だと思う?」
「うーん……ホストですか?」
「何でそうなるかな」
落胆したように溜息を一つ吐き、イルミは足を止めてこめかみを押さえた。
「ホストは不正解。俺は誰彼なく口説いたりしないから」
「それじゃあ、正解は何ですか?」
「それって答えなきゃいけない?俺にとってけっこう不利な質問なんだよね」
「不利って何ですか?あ、わかりました!詐欺師なんですね?わたしのこと騙そうとして――」
「違うって。詐欺師じゃないよ」
「ホストでも詐欺師でもなかったら、本当は何なんですか?あんまり言いたくない仕事なんて」
「じゃあこうしよう。俺は君の質問に答えるから、君も俺の質問に答える。君が答えられなかったら、俺も答えない。お互い嘘は絶対に言わないこと。それでいい?」
「わかりました。わたしは別に隠すことなんてありませんから、質問をどうぞ」
「それじゃあさ、君はどうして、そんなに俺のことが気になるの?」
「えっ……」
「嘘は駄目だよ」
「…………そんな質問……ずるいです……」
不意を突かれた上に先手を打たれ、名前は俯いて口ごもる。身体能力ばかりか論争までも到底適わない気がした。昨夜から一度もイルミを言い負かせていないのだ。全て彼の良いように言いくるめられている。
「殺し屋、だよ」
「えっ?」
「俺の仕事」
「どうして……教えてくれたんですか?わたし、何も答えてないのに……」
「だって、答えたようなものだから。答えられないような理由だってね」
「……イルミさんって、やっぱりホストに向いてると思います」
「それって褒められてる?」
「褒めてません!」