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□死ぬまでにしたい幾つかのこと
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ああ、これまでか――

このまま死ぬんだと思った。良いことも悪いこともさしてない、平凡な人生だった。

目標に向かって一心不乱に頑張ったことも、眠れない程誰かを好きになったこともなかった。不幸ではないけれど幸せとも言い難い、普通の普通過ぎる別段面白みのない人生だ。

そこから脱したくて、超難関と言われるハンター試験を受けた。念は一応使えたけれど、一般人に毛が生えた程度。決して自信があった訳ではない。

それでも受験したのは、たとえ合格出来なかったとしても、何かが拓けるのではないかと思ったからだ。必死になって挑めば、きっと新しい自分に生まれ変われる気がした。

けれどこの様だ。平凡な自分は結局何も得られないまま、冷たい穴ぐらの中で誰に看取られることなく、衰弱して死んでいくのだ。

落下した穴は故意に掘られたものに違いなかった。深さは大方10メートル前後で、それだけならどうと言うこともない。厄介なのは、一度落ちたら容易に脱出出来ないよう足元に罠が仕掛けてあったことだ。

縦横無尽に張り巡らされた蔦に絡め取られ、下肢の動きを封じられた。もがけばもがく程まるで生き物のように絡みついてくる。自力で這い出ようと何度となく試したが、腕の力だけではどうにもならなかった。

今はハンター試験の真っ只中。タイムリミット前に棄権を申し出るとしても、かなり難しい状況だった。大声を出して誰かに気付かれたところで、痛め付けられてプレートを奪われるのは目に見えている。否、そのくらいならまだいい方で、殺されてもおかしくないのだ。名前の口からはもう溜息しか出なくなっていた。

(はぁ……)

素敵な恋がしたかった。一度でいいから綺麗なドレスを身に纏って、美しい夜景の見えるレストランで乾杯して、映画のヒロインのような煌めいた時間を過ごしてみたかった。

ポツリと頬に当たった感触に丸い空を見上げる。黒い雲が速い速度で流れていく。雨が降り出した。

霧雨のように弱かった雨が少しずつ勢いを増し始めた。穴の中では当然逃げ場などなくて、名前はずぶ濡れになることを覚悟するしかなかった。

(どうせ死ぬんだし……)

濡れれば体力が奪われ、死期が早まるだろう。濡れていようが乾いていようが、いずれにしろ無様なのは変わらない。

その時不意に雨が止み、周囲が一層暗くなった気がした。見上げた頭上には、屈んでこちらを覗き込む男の姿があった。大きな蓮の葉を傘代りに掲げ、その表面に雨が当たって打楽器のような音が響いている。

「そこで何してるの?」

「何って……」

「楽しそうだね」

長い黒髪と、恐らくそれなりの長身。薄暗い上に遠くてよく見えないが、名前の見知らぬ男だった。けれど一般の立ち入りを禁じられているこの試験会場に居るということは、試験官か受験生のどちらかしかなく。そして試験官には到底思えない、のらりくらりとした雰囲気。

「楽しいわけないです。出られないんですから」

「落ちたの?」

「落ちたんですっ」

「ふーん。ドジだね」

抑揚なく言い放たれ、酷く馬鹿にされている気分になった。その代わり攻撃してくる気配もないが、高みの見物ということなのだろう。集めたプレートの点数が既に合格ラインに達しているなら、こちらのそれに興味がないのも理解出来る。

「からかうだけなら、どこかに行って下さい」

「何で?」

「誰かに見つかったから、殺されるかもしれないんですから」

「助けてあげようか?」

「えっ……?!本当ですか?」

「まあ、もちろん有料だけど」

「有料……」

「そう、取り引きだよ。お互いメリットがあるように、等価交換」

男は腰を屈めたまま、軽く首を傾けた。黒髪がさらりと揺れるが、相変わらずその顔はよく見えない。

「わたしのプレートですか……?それともわたしが集めた他のプレート?」

「プレートはいらない。もういっぱいあるからね」

「じゃあ現金ですか?今は全く持ってないけど、後払いなら……」

「いや、身体で払ってもらおうかな」

「えっ?!身体でって……?力仕事?」

「そんな訳ないだろ。欲求不満でムラムラしてるから、そっちの相手だよ」

絶句した。驚きと呆れと軽蔑と。遅れて襲い来る危機感に、ようやく声が出た。

「お……っおまわりさん!!こっちですっ!!ここに変態が!」

「来ないって。おまわりさんどころか誰も来ない」

「誰か助けて!!」

「いいの?大声なんか出して」

「え……っ」

「他の奴に見つかったら、そんなんじゃ済まないよ。力づくで引きずり出されて、何人もに犯されて。もちろんプレートも奪われた後、間違いなく殺される」

「そんな……」

「受験生の中で、残ってる女は数えるくらいしか居ないからね。今の試験は何でもアリだし、当然狙われるよ」

男の言うことは悲しいかな正論だった。どう扱われるにしても、助けてくれる人など皆無だろう。

「俺の方が100倍マシだと思わない?」

「マシ、だけど……やっぱり無理です……っ」

「とりあえず、まずそこから出なよ」







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