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□たぶん、愛してる
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「じゃあ、とりあえず脱いでよ」

部屋に入った途端、ネクタイを緩めながら彼はそう言った。聞き違いかと思ったけれど、視線がそれを催促している。さっさとしなよと。

「あの……お気遣いはありがたいのですが、わたしそんなに暑くないんですが……」

「は?なに言ってるの?着たままやりたいの?」

眉を寄せて非難の眼差しを向けてくるこの男は、エリート暗殺一家の長男イルミ。恐ろしく整った顔立ちで、眉一つ動かさず淡々とものを言う。

それがビジネスの話でも、たとえ赤面するような台詞でも。

「それとも、俺に脱がされたい?ウェディングドレスなんて脱がすの初めてだから、どっか破いちゃうかもしれないけど」

「そうじゃなくて……こういうことは順番が……っそれに心の準備とか」

「婚約して入籍して式も挙げた。鬱陶しいくらい順序立てて進めてる。それなのに何が問題あるの?」

「先週婚約して昨日入籍して一時間前に式場を出たんです。たたでさえ展開が早いのに、その上その……っ」

「もともと子作りの為に結婚したんだから、早いも何もないよ。早く仕込まないと、いつまでも出来ないし」

「……っやっぱり、わたしは子供を産むだけの、そういう存在なんですか?それだけが理由の……」

最初からそういう婚姻だった。道具と同じ。機能に欠陥がなければ、後継者を残す役割を果たせれば誰でもよかったのだろう。婦人科で念入りに健康診断し、結果を提出することが条件だった。

政略結婚なのだから当然だ。ゾルディック家の後ろ盾を手に入れる為に身を売った。利用したのはこちらも同じで、責められる立場ではないのだ。

返る言葉など分かっているのに、無感情に肯定されるだけなのに、それでもイルミの口からは聞きたくないと思ってしまう。

「そんなこと、言ってないよ」

「え……っ」

「俺はそんなこと言った覚えない。それだけが理由なんて」

「でも……」

「名前は誰でもよかった?俺じゃなくても」

急に優しい声を出すから、心臓がきゅんと小さく痛んだ。言葉がすぐに出てこなくて、名前は首を横に振るのが精一杯だった。ゆっくりと歩んできたイルミに手を取られ、はっとして見返せば、式場から着けたままだった純白の長い手袋をするすると脱がされる。

「どうして欲しい?」

片膝を折ると、イルミが床にひざまづいた。恭しく頭を垂れ、すくい取った手の甲にそっと唇を落とす。

白いタキシードを身に纏った彼は、まるでどこかの王子のようだ。けれどそれだけではなくて、妖しさを宿した瞳で上目遣いに見つめられる。目が合った瞬間、ぞくりと背筋が震えた。

「イ、イルミさんがそんなことするなんて……!だ、だめっ立ってください……っ」

「なんで?」

「膝をつくなんて……そんなこと、ゾルディック家の方がすることじゃ……」

「いいんだよ。名前だってうちの人間なんだから。それより、俺の妻が気に入るように初夜を進めたいんだけど、どうしたらいいかな?」

「えっ……」

「名前だから結婚したんだよ。候補は他にたくさん居たけど」

言いながら唇が段々と上がってくる。ちゅ、ちゅっと音を立てながら手首、腕へと押し付けられる。イルミは腰を上げず、引っ張られる内名前が崩れるように座り込んだ。

「……っどうして、わたしと……?」

「好き、なんだろうね。たぶん」

「たぶんって……」

「まだはっきりとは分かんないけど、俺が名前を選んだんだから。子作りって要はセックスだし。興味のない女だと勃たない」

ノースリーブの袖から露出した肩に、しっとりとした唇が触れる。背中のファスナーがゆっくりと下りていく感覚がした。わざと音を立てるよう耳に口付けられ、色めいた吐息が漏れそうになる。

「名前はどうなの?」

「っ……」

「俺に抱かれるのは、仕方なく?」

返事を待たずに唇が塞がれる。角度を変えて、何度も何度も甘く食む。

「口、開けて」

言われるまま薄く開いた唇の間から、ぬるりと舌が挿し込まれる。唾液にまみれた口内を執拗に掻き回され、歯列をねぶり深いところまで蹂躙される。

清らかな白いドレスの奥で、身体の芯がとろとろに溶けるのが分かった。

「……濡れてるよ」

囁かれて、羞恥心でおかしくなりそうになりながらも、納得する。取引とも言えるこの結婚に、不思議と悲壮感がなかった訳を。












遺伝子レベルの恋

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