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□耽溺の海
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ラウンジのソファー席に座って強い酒を煽りながら、先程からヒソカとクロロは埒の明かないやり取りをかれこれ20分近くも続けていた。
どちらも自分が一番だと主張して引かないし、かと言ってこの場で証明も出来る類のものでもないので、話は同じところを延々と回る。
(馬鹿馬鹿しい……)
一番と言っても誰が一番強いかではなく、誰が一番モテるかという議論だった。そこが何よりイルミを辟易させる。
「ボクはもちろんボクだと思うけど。このボクの舌技と腰使いに落ちない女なんて居ないからね☆」
「一部の変態女の話はしていない。広く一般的に女受けするのは、この俺だろう。ナンパの成功率なら俺が一番高い筈だ」
相も変わらず根拠のない自慢を続ける二人を余所に、イルミはピスタチオをもくもくと口に運ぶ。残った殻がガラスの器に小さな山を作っていた。
「ねえ、黙ってないでイルミも参加しなよ★イルミは自分は何番目だと思う?」
「俺は別に何番目だっていいよ。てゆーかどうでもいい」
「おい、もう豆はやめろ。あんまり食べると鼻血が出るぞ」
「いや豆じゃなくてナッツ――」
「じゃあイルミに聞くけど、クロロは2番目と3番目どっちだと思う?」
「質問がおかしいぞ、ヒソカ」
まともな会話は不可能だと思われたので、それからイルミはだんまりを決め込むことにした。暇なせいで酒も進み、ますます気だるい気分になってくる。二人のやり取りを聞き流しながら、そろそろ帰ろうかと考えていたイルミの耳に、酔いを冷まさせるような台詞が飛び込んできた。
「よし、情報屋を呼ぼう」
「ククッ、あの娘かい?だけど、こんな遅くに来てくれるかなぁ★」
「この俺が呼び出せば、飛んで来るに決まってるだろう」
二人が言っているのは情報屋、名前のことだろう。知り合ったのはヒソカが少しだけ先で、イルミとクロロはほぼ同じくらいの時期だった。若手ながら仕入れてくる情報はなかなかのものだが、彼女は妙に危なっかしく見えた。
世間知らずと呼ぶには語弊があった。自営業が成り立っているくらいだから、社会のことはそれなりに知っている筈だし、仕事柄、表だけでなく裏社会にも精通しているくらいだろう。そうではなく、心許ないのは特定の部分に関してで、つまり男慣れしていないのだ。
「彼女を呼んでどうするのさ?何でまた彼女なの?」
「ああいうウブなタイプは分かりやすいからな。すぐ顔に出る」
「彼女が誰を気に入ってるか、反応が楽しみだなぁ。何か賭けようか」
クロロとヒソカはすっかりその気になっていた。イルミは一度しかめた顔を真顔に戻して、何気なく別案を提示した。
「いや、仕事相手は後々面倒なことになるかも知れないからやめよう。依頼を受けて貰えなくなると困るし。彼女じゃなくても、その辺に居る誰かでいいよ。その方が時間も掛からないし、手っ取り早い」
「急に口数が多くなったな。負けるのが怖いのか?」
「……別に、そんなの興味ないね」
「そのわりに帰ろうとしないよねぇ」
「とにかく、電話をかけるぞ」
止める間もなく、クロロが発信ボタンを押す。残念なことに電話は直ぐに繋がった。やり取りを交わしながらクロロは口元の笑みを深くした。
「――ああ、どうしても急用でな。他にイルミとヒソカが居る。ノートパソコン一台持って来てくれればいい。――そうだな、また後で」
通話を終えたクロロは満足げな表情でイルミとヒソカを見渡した。
「飛んで来るそうだ。やっぱり俺が電話して正解だったな」
「仕事だって言われたら当然来るよ」
「別にクロロに会いたくて来るワケじゃないよね◆ボクかもしれないし」
「だから仕事だから来るだけだって」