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□チャイナな貴方へ
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空は燃えるような赤から淡い紫へ、そして深い藍色へと余韻を残しながら色彩の濃淡を描いた。都心のビルの屋上で、名前は街を分断するように整列する信号機の光と、薄く月が浮かび始めた夕闇の情景を交互に眺めていた。

前回の件以来、大嫌いだった筈のイルミ=ゾルディックと、どういう訳か一緒に仕事をするようになった。一緒に、と言っても専ら名前が教えて貰う形だったが、圧倒的な強さと確実な仕事ぶりは思わず見惚れてしまう程で、回を重ねる毎に毛嫌いしていた筈の相手に逆の感情を抱くようになっていた。

いつかイルミを打ち負かし、念の力で下僕にしてみたいという野望は捨てきれないまま胸の鼓動はどんどん大きくなり、チャンスは遠ざかる一方だった。

こうして彼を待っている間も、心は落ち着きなく騒ぐ。仕事への高揚感とは別の何がが、不謹慎にも鎮まってくれなかった。




約束した時間きっかりにイルミは現れた。気配を探ることは怠っていなかったのに、屋内から続く鋼鉄の扉が音を立てて開かれるまで、彼の到着に名前は全く気が付かなかった。短く声を掛けられ、振り返って絶句する。

「えっ?イルミ……どうしたの?」

「どうしたのって何が?」

「その格好……いつもと違うでしょ……?」

詰襟の半袖シャツに針の刺さった上着という戦闘服姿が定番だった彼が、今日は見たことのない服装をしていた。

澄みきった空のように綺麗な淡い青色は、闇に紛れるにはあまり適さないように思えた。形は中国の民族服を主体にしたようだが、そのものともまた違っていて、だがそれだけならさほど驚いたりはしなかった。

言葉に詰まった真因は、均整の取れたイルミの身体をかたちどるように際立たせたデザインと、彼の持つ独特の雰囲気と、それらが合わさって醸し出された何とも言えない色っぽさだった。

動揺しながらもちらちらと横目での観察を止めない名前に、イルミは顔色一つ変えずに返答する。

「いつもと違うから何?名前だって毎日同じ服じゃないし、別に普通じゃない?」

「そうだけど……」

「もしかして、変?似合わない?」

「変ってわけじゃないけど……その……」

もう一度顔を上げ、目の前のイルミを見つめる。爪先から順に追って胸まで上がってきたところで、引き返して再び腰の位置まで戻り、名前は目を泳がせた。

「そのスリット……ちょっと深過ぎないかなと……」

「このくらい切れてないと動き辛いし、下に履いてるのに何か問題ある?」

「じゃあ、それは置いといたとしても……なんか露出度高いっていうか……」

「露出?出てるところなんて肩しかないけど」

「胸のところがぴったり過ぎて……」

「別に普通だし。ていうか俺男だし」

「でも、総合的になんかそういう感じでしょ。そういうの狙ってるでしょ……!」

「そういうのって、何?」

イルミが一歩踏み出すと、腰から垂れた長い布地がゆらりと揺れる。裾に描かれた龍の模様が、身をしならせるように大きく波打った。それだけで、名前の動悸がどきどきと激しく鳴る。

「だからっ……そうやって色気でわたしを惑わせて油断させようって作戦なんでしょ……?!」

「え?そんなつもりは全くないけど。名前はこんなので惑わされるの?」

ひび割れたコンクリートの上、一歩、また一歩と距離を詰めるイルミに名前はじりりと後退りした。背中がフェンスに当たってはっと後ろを見る。硬直したまま前に向き直れば、イルミがゆっくりと目を細めた。

「行き止まりだよ」

「……っ」

「名前は俺のことそういう目で見てたんだ?ってことは、俺はそういう対象なんだね」

「わ、わたしは別に……」

「何なら、そっちも教えようか?」

背後の金網がカシャンと音を立て、片腕でイルミに閉じ込められた。顔の直ぐ横に剥き出しの肩がある。

「教えるって……」

「下手ではないと思うよ」

淡々と告げられて、その意味に頬がかあっと熱を帯びた。

「も、もう行かないと……っ早くしないとターゲットが……」

「そんなの後でいいよ。今の俺のターゲットは、名前だから」

逃げ場もなく立ち尽くすしか出来ない二本の脚の間に、ぐいと膝が差し込まれた。押し広げるように奥へと進められれば、楔を打ち込まれたかの如くで。

捲れ上がったスリットから覗く太腿は、本人の言葉に反してやはり悩ましかった。












(その色気は何処から来るの)




2013/01/18

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