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□セピアの誘惑
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真っ白なバンパーに日差しが反射して、目が眩みそうな閃光を生む。忙しない車の流れをゆるりと抜けて歩道に横付けされた車高の低い高級車は、滑らかな曲線を描く車体が縁石に触れるか触れないかのところで静かに停車した。

歩速を速めて近付けば、パンプスのヒールが灼けたアスファルトにコツコツと硬い音を響かせる。

車まであと数メートルというところで、中から男が降りてきた。長身の若い男は黒っぽいサングラスを掛けた顔を上げて、ちらりと一瞬名前の方を見た。レンズ越しに視線が合ったかと思われたが直ぐに逸れ、彼は下を向いてポケットに鍵をしまい込んだ。そのまま車から離れようと足を踏み出す。

「ちょっとあなた!」

ピピッと短く警笛を鳴らし、名前は男を呼び止めた。小走りで駆け寄ると、男が不思議そうに顔を上げる。

「何か用?」

「そこは駐停車禁止です」

「あ、そうなんだ」

腕を伸ばして標識を指差せば、名前より大分高い位置にある男の視線がそれを追う。思ったより聞き分けのいい相手だったと安堵しながら、名前は青い制服の胸ポケットから手帳を取り出し、念のため状況を控えようとボールペンをノックした。

「今回は注意だけで切符は切りませんから、すぐに移動させて下さいね」

そう言い終えるか終わらないかの内には、既に違和感を覚えていた。視界の端に居た男が居なくなっている。名前は慌てて顔を上げた。

「あ、ちょっと!車っ、停めちゃダメなんですってば!」

「え?困るよ」

「あなたがここに停めると、他の人が困るんです」

「そこのカフェでクロロが珈琲飲んでるんだけど、行って書類を受け取らないといけないんだよね」

「そんなこと、知りません」

「普段なら、何で俺が行かなきゃいけないのって感じなんだけど、今回は一応殺しの依頼だしさ」

「あの……今殺しって言いました?」

「言ってないよ」

訝しげに聞き返した名前を、男は無視するかの如くあっさりと受け流した。待ち人を気にしてか、髪をかき上げながら遠くを見やる仕草をする。光の加減でレンズの色彩が淡く変化して、大きな瞳と睫毛を透かして見せ、不覚にも少しどきりとした。

職務上の理由だと胸の内で正当化して、名前は目の前の人物を観察する。濃い色のサングラスが顔立ちを分かり難くしているが、鼻梁はすっきりと通っていて、きめの細かい肌をしていた。手足は長く細身のシルエットながら、薄手のシャツの下はそれなりに筋肉質だと予想出来た。一般的な基準からすると、男は確かに美青年だった。




「5分か10分で戻るから、見逃してよ」

「あなただけ特別扱いは出来ません」

「じゃあ、俺の代わりに君が行ってくれる?」

「そんなこと、出来るわけないでしょう」

「だよね」

男が淡く笑う。相変わらず目元は隠されたままだったが、唇に軽く笑みの形が刻まれたので名前にもそれが分かった。

「とにかくもう行かないと。時間に遅れるとクロロがうるさいからね」

「行くのは構いませんけど、車は移動してくれないと本当に駐車違反に――」

「じゃあまたね」

まだ言葉の途中で背中を向け、彼はとても急いでいるようには見えないゆったりとした足取りで雑踏に紛れていった。その後ろ姿を目で追いながら、名前は小さく溜息を吐いた。

「またって……」








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