SS

□AQUALOVERS
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打合せは滞りなく進んだ。最終事項を確認し、資料を片付けたのは1時間半程前になろうか。照明が落とされた部屋は物音一つしなくて、窓からは青い月明かりがひっそりと忍び込んでいた。

ホテルの上層階の一室、備え付けられたバーカウンターのスツールに腰掛け、イルミは酒の入ったグラスを回した。美しくカットされた丸い氷はどこまでも澄んだ水晶ようで、カラカラと涼しげな音色を響かせる。

外界からの音は一切届かない。眼下に揺れる街の灯りは忙しなく揺らめき、眠れぬ夜のしじまに散らばった硝子のようだった。少し離れたところに居る彼女へと視線を移す。三人掛けの長椅子の三分の二くらいを使って横たわり、名前は静かな寝息を立てていた。

呑気なものだ、とイルミは思う。打合せ場所にホテルの部屋を指定した時、もっと別の反応が返ると予想していた。深夜ではないにしろ午後10時、普通なら警戒するに十分値する時刻だ。 




スツールから下りたイルミは、グラスを持ったままソファーまで移動した。空いたスペースに腰掛け、反対側の肘掛けにもたれるようにして眠っている名前を見下ろす。

「ねえ……本当に寝てるの?」

無防備に投げ出された両脚は、黒いストッキングに覆われている。うっすらと曖昧に透ける肌がどこかもどかしく、素肌より逆に悩ましく見えた。

そんなこちらの劣情を知ってか知らずか、うん……という小さな声と共に、膝上丈のスカートから伸びる程よく肉感的な太股が、誘うように擦り合わされる。

もう少しスカートの丈が短ければ、或いはもう少し彼女の体勢が違っていれば、その中まで視線が届いたのだろうが、しどけない寝姿が妙にそそられた。

ブラウスの胸元は内側からの圧迫で押し上げられ、中央に縦列した小さなボタンとボタンの間は生地のうねりよって僅かな隙間を作っている。そこから覗く繊細なレースと、触り心地のよさそうなきめ細かい女の肌。目にした途端、邪(よこしま)な衝動が疼いた。

「俺のこと、試してる……?」

指先で一番上のボタンに触れて軽く捻れば、まるでそうされるのを待ち望んでいたかのように、ぷつりと簡単に外れる。合わせ目を開こうとする力の作用は二つ目のボタンによって制され、鎖骨を露わにするにとどまった。

「起きないと、もう一つ外すよ」

欲が出て、もう一つ。ぷつんと勢いよくボタンホールからボタンが抜ける。

Vの形に開いた白いブラウスからはラベンダー色の下着が覗き、窮屈そうに収められた左右の胸の膨らみが、中央に向かって美しい曲線を描いて谷間を形成していた。イルミが知る限りの、彼女のどの部分より白い肌に視線が吸い寄せられる。

先程から何度となく襲ってきた衝動が、今やどうにも抑えられないほどイルミの中に膨れ上がっていた。欲念がどくどくと脈打つ。

「本当にもう、我慢出来ないんだけど」

たまらず柔らかな丸みに舌を這わせる。ゆっくりと舐め上げて、次第に狭まる谷を降下する。ぴくんと反応があった事で一旦顔を上げたが、名前の瞼は閉じられたままだった。




罪悪感はあった。彼女自らホテルの部屋を訪れたとはいえ、呼び出した用件は仕事だ。こんなふうに眠っている女を襲うのは、褒められた行為でないという自覚もある。

けれど無理やり酒を飲ませた訳ではないし、まして操作している訳でもない。彼女が少しでも急いでいる素振りを見せたら、引き留めずそのまま帰すつもりだった。

名前は名前自身の意思でこの部屋に入り、酒を飲み、眠り込んだ。こうなったのは自業自得だと言い訳する。

時折身体が僅かに動くものの、名前に目覚める気配はない。今なら素知らぬ振りでボタンを元に戻して彼女から離れ、カウンターに移って資料でも読んでいれば、何もなかった事に出来る。

それを理解出来る頭はあるのに、行為を止める気には到底ならなかった。

ストッキングのせいでやけにつるりとした内股に手を滑らせれば、無意識の抵抗なのか両方のそれでぎゅうと挟まれる。柔らかな圧迫が心地よく、思わず名前の顔を見ると、彼女は眠ったまま僅かに眉を寄せていた。






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