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□暗殺者Yの告白
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「実は、子どもを作らないといけないんだ」

向かい合ったテーブルの向こうで、イルミは唐突にそう告げた。依頼された情報が入った封筒を手渡す為に会っていたカフェでのことだった。 

入金はいつもの口座に、なんてビジネスの話をしていたばかりだったので、名前は咄嗟に何を言っていいか分からなかった。

「え……えっ?!何の話ですか……?」

「ゾルディックの血を絶やすわけにはいかないから。俺も長男だし、そろそろそういうことも考えないといけないんだ」

「そうなんですか……」

結婚よりまず、後継ぎを残すという目的が先に出ることがイルミらしいと言えばそうだった。全ては一族の為。一見飄々として気ままに見える彼も、行動の全ては家という軸に基づいているのだ。

分かっていたけれど、それ以上返す言葉がなかった。愛する女性と結婚するという報告でないだけまだいいが、愛なしにそういう行為に及ぶ彼もやはりも悲しい。

どちらにしても、名前にとって耳を塞ぎたくなる話に変わりないのだ。男にしては綺麗な長い指でティースプーンを掴み、カップの中をくるくるとかき回す目の前のイルミは、名前がずっとひそやかに想いを寄せている人だから。




「それでさ、相手は名前がいいかなと思うんだけど」

「ええっ?!」

叫んだ拍子に、カップの中の紅茶が少し零れた。慌ててペーパーに吸わせながら、冗談にしては質が悪いと名前はイルミを軽く睨む。

「わたし、何の能力もない人間ですよ。意味がわかりません……」

「身体能力は問わないよ。俺の方の遺伝子がカバーするし、そのへんは問題ない」

「問題ありすぎです」

「大丈夫だって。名前が思ってるより俺の精s」

「ストップ!イルミさん!公共の場ですよ」

焦った名前が言葉を遮ると、イルミはちらりと周囲を見渡し、分かったよという顔をした。今は昼の日中でカフェにはそれなりの人が居る。子作り云々ですら既に自重すべき言語だ。

「身体能力のことを置いておいたとしても、そもそもどうしてわたしなのかが分からないんですけど……」

「そういうことを考えた時、名前の顔が浮かんだんだ」

「わたしの……?」

「うん、名前以外の選択肢は思い当たらない」

眉を寄せた名前とイルミの視線が交わる。凄まじく突飛な台詞を吐いておいて、ここまで涼しい顔が出来るのはもはや特技と言えるだろう。此方は相槌を打つことですら困難になってきているというのに。

「俺のこと嫌い?」

「嫌いとかじゃ……全然ないですけど……あまりにも話が飛びすぎてて……」

「じゃあ、子作りは後でもいいよ。まずは、そういう関係になってみよう」

「なってみようって……そう簡単になれません……!」

「それじゃあ、身体の関係はなくていいよ。とりあえず」

「えっ?」

「え?あった方がいい?」

「いえ、そうじゃないですけど……じゃあ一体どうすればいいんですか?イルミさんの言いたいことが、よくわからないんですけど……」

「今までと違うのは、仕事以外で会ったりすることかな。一緒に食事したり、どこかに行ったりさ」

「はあ……」




何だか話が大幅にずれている気がした。子孫を残すのが目的の筈なのに、それでは果たすべき使命はどうするのかと名前は思う。

無茶苦茶で一貫性がなく全く信憑性が感じられないイルミの話を、真に受けてまともに取り合っている自分が虚しく思えた。

「あの……イルミさん、からかっているなら帰りますよ。仕事の話は終わったし、わたし、気の利いた上手なツッコミとか出来そうにないですから」

「ちょっと待って。違うんだよ」

「違うって何が……」

「つまり、分かりやすく言うと、俺は名前が好きなんだよね」

「……え?!じ、じゃあ今までの話は……?」

「子作りを口実に、今以上の関係になろうかと思ったんだけど」

「イルミさん……口実の意味わかってますか?その口実、かなりハードル高いですよ……」

「そう?」

「……だって、突然あんな風に言われたら、全部冗談に聞こえます。どこからが本当で、どこまで信じていいかわからなくなります……」

「確かに、俺は口説き方なんて知らないけど」

ふてくされたように零すと、イルミは突然テーブルの向こうから手を伸ばし、無造作に置かれた名前の手を握った。驚いて見返すと不機嫌そうな強い瞳で射抜かれる。




「とにかく名前を、俺のものにしたいんだよ。誰にも渡したくない。俺だけのものに」

「あ……は、はい……」

「え?いいの?」

「最初からそう言ってください……」











証言者名前さん:

(すごい殺し文句でした。心臓が止まるかと思うくらいドキドキしました)

 

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