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□ラッキーガールの迷走
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顎を捕らえたまま目を細めて見下ろすイルミを、名前は強張った表情で見上げた。数秒間見つめ合った後、不意にすっと解放される。

「とりあえず、服を着ようかな」

濡れた髪をタオルで軽く拭き、イルミはベッドの上に放ってあるTシャツに手を伸ばした。名前が何か言う前に、頭からそれを被ってしまう。軍艦に跨がったケティちゃん。ハイビスカスとケティちゃん。無表情の美形とケティちゃん。

「………」

名前は頭を振ってベッドの脇に屈み、自分の荷物を片付け始めた。バッグの中に全てをしまい終えると、ショルダーを肩に掛ける。




「ちょっと、どこ行くのさ」

「寝る場所を探そうかと」

「ある訳ないだろ。君の部屋はここなんだから」

「通して下さい……っ」

進路を塞ぐべく片腕を伸ばしただけのイルミに、名前は全然適わなかった。押しても引いても、彼の腕も身体も微動だにしない。

息を切らせる名前をやんわりと押し戻して、イルミはベッドの縁に腰掛けた。バリケードがなくなったかと思われたが、組んだ長い脚が何気なく名前の行く手を阻んでいる。

「よく考えてみなよ。この試験は最終的に勝ち残らないといけないんだ。敵を蹴落とす為には、何でもやるっていう奴が居てもおかしくない」

「……どういう意味ですか?」

「つまり、部屋から出て徘徊してるような奴は格好の餌食になるってことだよ。それに、一見無作為に決められた部屋割りにも意味があるかも知れないんだから、仲良くしといた方が賢明だと思うけど」

「仲良く……」

反復するように呟いて名前はイルミを見やる。

解せない事が幾つもあった。目の前の彼は、本当にギタラクルなのだろうか。だとすると、ここまで似ても似つかないほど外見を変化させられる彼は何者なのだろうか。どちらが本当の姿なのだろうか。

なぜ部屋に居るように言うのだろう。なぜ黙って行かせてくれないのだろう。




「仲良くなんて……していいんですか?試験に勝ち残らないといけないなら、わたしと貴方だってライバルじゃないですか?」

「ライバル?」

そう口にした後、イルミは下を向いて小刻みに震え出した。急にどうしたのかと思ったら、どうやら笑いを堪えているようだった。

「俺と君がライバル?それはないよ。俺が君をこれっぽっちもライバル視してないんだから、君も変な思い込みは止めた方がいい」

「な……っ、そんな言い方しなくてもいいじゃないですか」

「だって、あまりにも違い過ぎる」

「どの辺が……でしょうか?」

「ああもう全部。説明するのも難しいくらい何もかも」

「ひど……でも、わたしのこと知らないのに、どうしてそんなことがわかるんですか?もしかしたら、すごい力を隠してるかもしれないですよ?」

「へえ、それはぜひ知りたいな。俺に教えてよ……本当の姿」

髪をかき上げる腕の下から挑発するような眼差しで見つめられ、名前はしまったと思った。距離を取る為一歩後ろに引きつつ、慌てて話を変える。

「じゃあ、わたしがライバルにならないくらい格下だっていうなら、それでいいです。でも他の受験生はそうじゃないですよ?それに、試験の難易度を考えたら、浮ついたことを言ってる場合じゃないと思います。合格するには、真剣に集中して挑まないと」

「ああ、それも大丈夫だよ」

「大丈夫って、なぜですか?」

「俺にとって、この試験は簡単過ぎるくらいだから。通常の課題にそのくらい追加しても、合格するのは間違いない。むしろ、君を落とす方が難易度高そうで燃えるんだよね」

「……すごい自信ですね」

簡単に籠絡出来ると思われていなかっただけまだいいが、イルミに課題の追加を取り止める気は全くなさそうだった。試験中の彼の様子なら、あながち根拠のない自信でもないのだろう。勿論それは、イルミとギタラクルが同一人物でなければ、成り立たない話だけれど。




「とにかく、課題は課題でちゃんとクリアするし、試験には必ず合格するつもりだから、そっちは心配いらない」

だからさ、とイルミは静かに言って、首を傾けて下から名前を覗き込んだ。

「名前くらい呼んでよ。名前」

「えっ……」

「覚えてる?俺の名前。覚えてたら、言ってみて」

「イルミ……さん……?」

「うん、そう。二人の時はそうやって呼んで」

先程不貞不貞しく暴論を吐いていた時とは打って変わって、彼は囁くように甘く優しい声を出す。

名前くらいどうという事もないと思っていたのに、実際に口にするとその場の空気を変えるくらいの力があった。警戒心が薄れてしまう。彼の言った二人という言葉も深くは考えなかった。

「試験中はギタラクルでいいから」

「ギタラクルさん?!」

急に目を輝かせた名前にイルミは少し不機嫌そうな顔を見せ、溜息混じりに話し始めた。

「だから、人目がある時は、あっちの姿になるってことだよ」

「どうしてですか?」

「ちょっとした事情があってね。俺が俺だってバレないように」

「そうなんですか。じゃあ、本当の姿を見られないように、変装してたってことですか?」

「そういうことだね」

段々と事情が掴めてきた名前は、イルミとギタラクルが同じ人物だと思わざるを得なくなってきた。彼の話は一応筋が通っていて、会ったばかりの時より不信感はなくなっている。

全て作り話である可能性も否めないが、そうする意味が名前には思い付かなかった。




「まあ、そういうことだから、君は大人しくこの部屋に居た方がいい。まだ俺を不審者扱いする?」

「そうじゃないですけど……あんなこと言われたら、やっぱり……」

「あんなこと?惚れさせるって宣言したこと?」

「そうです……」

「大丈夫だよ。今日はまだ初日だし、紳士な態度で信頼を得る作戦だから。いきなり襲ったりはしない」

「作戦って……口に出てますけど」

彼の言い分を受け入れた訳ではないが、他に行くところがないのも事実だった。先程建物内を歩き回って、ここが明るく開放的な宿泊施設でないことは知っている。薄暗い廊下を夜中に一人で彷徨いていたりなんかしたら、イルミの言うような事故が起きても不思議ではなかった。

仮に運良く空き部屋を見つけたとして、勝手に使用したりすれば試験の評価にも影響しかねないのだ。せっかくここまで勝ち残ったのに、試験以外の理由で失格になるのはどうしても避けたかった。

「……わかりました。くれぐれも、作戦は変更なしでお願いします」

「うん、了解したよ」

結局名前の荷物は、先程と同じベッド脇のスペースに戻す事となった。








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