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□ラッキーガールの憂鬱
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自分は強運の持ち主である。

ここ数日は特に、何度そう思ったか知れない。運も実力の内と言うが、名前がこの超難関と言われているハンター試験に勝ち残っているのは、8割が運みたいなものだった。 そしてランダムに決められた部屋割りでも、それは顕著に表れた。

二人で一部屋しか当たらないのだから、相手が誰になるかはどの受験生にとっても大問題だった。部屋番号が掲示されるまでは皆落ち着かない様子でそわそわしていたし、名前も同様だった。

何しろ同室になりたくない輩が多すぎる。レオリオとかいう男は顔にスケベ心が滲み出ているし、蛇使いと一緒に夜を明かすなんて、考えただけで鳥肌が立った。ポックルは帽子に何か隠していそうでどうも信用ならないし、ピエロに至っては、同じ空気を吸っただけで孕みそうな気がした。勿論女性同士で同室になれればそれに越したことはないが、確率が限りなく低い事は分かっている。だから高望みするより、どうにか害のない人物をと名前は神に祈っていた。

(301番……!?)

発表された数字を見ても、名前は相手の顔が浮かばなかった。どんな人だったろうかと少しの焦りを覚えながら、きょろきょろと周りを見渡す。名前と同じように掲示板の組合せを見に来ていた受験生の中に、その番号は見つけられなかった。諦めて人波を抜けると、離れたところで興味なさげに立っている男の姿がある。そのナンバープレートに目が行った。

(あ……彼だったんだ)

不躾に名前が眺めていると、彼はカタカタと音を立てて揺れ動いた。名前は胸に付けた自分のプレートを引っ張って見せた後、小さく頭を下げた。

「えっと……わたし達同室みたいです。よろしくお願いしますね、ギタラクルさん」




とことん害のなさそうな相手と同室で、名前は心底ほっとしていた。名前が知る限り、試験中のギタラクルは与えられた課題を淡々とこなすのみで、余計なお喋りも無駄な殺生も一切しなかった。それが名前には生真面目な人、という印象を与えていた。あのカタカタいう音だって、啄木鳥が木でもつついていると思えばいいし、慣れれば意外と癒されるかも知れない。

発表があってから暫くは、受験生の間で部屋を交換するとかしないとかいうやり取りがなされた。もし誰かが部屋を替えて欲しいなんて言ってきたら、当然名前は断ってやるつもりで身構えていたのだが、何故かそういう声は一つも掛からなかった。むしろ憐れみの視線を向けられた気がしたが、その手には乗らないと名前は出来るだけ人と目を合わせないようにしていた。

ギタラクルの方は、レオリオやその他数人に呼び止められて何か話していたが、彼がカタカタと揺れるばかりで会話は成立してなさそうに見えた。





程なくして鍵が配られた。受験生は係員から鍵を受け取り、各々の部屋に散って行く。名前も皆に続いて宿泊棟へと向かった。

建物はあまり新しくなく、設備も最新には程遠かった。それでも、久しぶりにベッドで眠れるのは嬉しい。部屋番号を確かめると、名前は鍵穴に鍵を挿し込んだ。

「失礼します……」

部屋には既にギタラクルの姿があった。手前のベッドに座っている。名前はもう一度、お邪魔しますと挨拶して奥のベッドへと進んだ。荷物を置いてひと息吐くも、沈黙が痛い。

「あのっ……わたし、名前って言います。美味しい物大好きで、出来れば美食ハンターになりたいなあなんて思ってるんですけど、試験はそんなに甘くないっていうか、でも力の限り頑張りたいっていう意気込みはあって」

「………」

「ごめんなさい、わたしの話ばっかり……!ギタラクルさんは何のハンターになりたいんですか?あ、ギタラクルさんって凄いですよね。一次試験の時も全然息切れしてなかったし、そういうのってやっぱり――」

「………」

「あ……ごめんなさい。なんか、うるさいですよね……」

何を話し掛けても、ギタラクルは顔色一つ変えず全くの無反応だった。部屋にはテレビもなかったし、同室になったからにはコミュニケーションをと名前は思ったのだが、彼の方はそれを望んでいないようだった。名前は暫く彼の様子を窺いながら無意味に荷物を出したりしまったりしていたが、部屋の外に出る事にした。

「あの、わたしちょっと外出して来ますね」

「………」

「……行ってきます」

周辺をふらりと回ってみたが、これと言って何もなかった。ホテルや旅館とは違い、本当に宿泊のみの為に作られた施設のようだ。唯一見付けた古びた売店は薄暗く、店員も客も居ないようだった。

「あのー誰か居ませんか?」

少し待ってみたが返事はなく、営業しているのかも定かでないと思えてきた。

仕方なく売店から離れ、下の階へ下りる。一階は更にひと気がなく不気味な程しんとしていたが、階段の脇にぽつりと自動販売機があった。電気は点いていて、ちゃんと使えるようだ。名前は少し迷って缶ジュースを二本買った。









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