SS

□可愛い人
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12歳の少年に勉強を教える事。

それが先日決まった名前の仕事だった。書類を郵送して一次審査合格の知らせが来て、喫茶店で執事と面談し、屋敷で母親と最終面接をした。

そういう手順を踏んで、漸く採用になった名前なので、一家が普通でない事くらいは知っていた。家族総出で物騒な仕事をしている事も、怪物のようなペットが居る事も。

だから今更何を見ても、何を知っても、驚かないと思っていたのに。




「なあ〜そろそろ休憩にしようぜ。名前も疲れただろ?」

「まだ15分も経ってないわよ。それに、一応キルアくんの先生なんだから、呼び捨てはないでしょ」

「7時からテレビでカミナリイレブンやるんだよ。見逃すとゴンの機嫌が悪くてさ〜それ見たら真面目にやっから!頼むよ」

「もー、仕方ないわね」

教え子であるキルアは、少々生意気なところはあるが、何だかんだ言っても可愛いかった。あまり甘やかし過ぎるのもよくないとは思うのだが、彼は約束は守る子だ。時折感情を抑制している節があるので、子供らしい面は大事にしてあげたいと名前は思う。

「アニメが終わったらすぐ始めるからね。わたしはちょっと、ゴトーさんのところに行ってくるから」

「何か言いつけるのか?」

「違うわよ。書類を届けるだけ」

「そっか、じゃあ後でな!」

テレビからは軽快な主題歌が流れていて、キルアの視線は画面と名前の間を忙しなく行ったり来たりした。早く出て行った方がよさそうだと、名前は笑って部屋を出る。




執事室に書類を届け、長い廊下を引き返した。屋敷は広々として壮麗だったが、その割に人の気配がなくどこか薄気味悪かった。名前は足を止めて窓の外に目をやる。見えるのは鬱蒼と茂る森と、立ち込めるような濃い霧ばかりだ。

名前は小さく身震いした。窓から離れ足早にホールを横切り、薄暗い通路を進む。角を曲がったところで、何かに顔面を強打した。

「ったぁ……」

鼻を押さえながら顔を上げれば、目の前に突っ立っていたのは青年だった。それも、息を飲むくらい美しい容貌の。整い過ぎた顔立ちは、温かみがなく人形のようだと思った。

「君……誰?何で家に居るの?」

薄い唇を開いて彼がそう言った。何処か遠くから聴こえてくる声音。彼には人を惹きつける不思議な魅力があった。

「あの……わたしは、先日からキルアくんの家庭教師をさせて頂いてます。名前と言います」

「家庭教師?キルに家庭教師が居るなんて、知らなかった」

「失礼ですが、貴方は……」

「イルミだけど。キルの兄だよ」

採用が決まった時、ゴトーから話だけは聞いていた。ゾルディック家には5人の子息が居ると。長男の名前はイルミ。顔を合わせる事があれば、きちんとした挨拶をと心づもりはしていた筈なのに。

(綺麗……)

名前はすっかりイルミに魅了されていた。容姿だけでなく、彼の持つ独特の雰囲気に魂を奪われかけていた。だから、彼の次の言葉を聞いた時、本気で何かの間違いだと思ったのだ。




「あのさ、」

「はい?」

「俺とセッ……子作りしよう」

「………」

暫し言葉が出ない。黙り込み、漸く意味を噛み砕いた名前の頭は混乱を極めていた。

「い……今っ、何かとんでもないこと言おうとしませんでした?!いいいえっ、言い直してましたが、それもそれでとんでもないですし!」

「じゃあ、仲良くしよう?」

「……変な意味でなければ……喜んでと言いたいんですが……」

「いやらしい意味だよ。思いっきり」

「お断りします!」

「ミケ」

「誰ですか」

「名前、キスしていい?」

「えっ……」

油断したところに名前を呼ばれて、名前の頬が染まる。初対面から卑猥な台詞を吐くなんて、普通なら嫌悪感さえ抱いて当然なのに。

「あれ、キスはいいんだ?」

「ダメです……」

腰を折って覗き込まれれば、至近距離に迫る端整な顔。心臓の音が伝わってしまいそうだ。

衝撃の出逢いだった。余程の障害がなければ、恋に落ちていた。それを思いとどまらせる程、イルミは酔狂だったのだ。







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