KILLERS《キラーズ》

□第十二節
1ページ/38ページ




《諸刃》



 「いらっしゃい……あら、見たことない顔ね?」
麻子さんがにこりとしながら、今さっき入ってきた客の方へ近付いていく。
麻子さんのバーの入口に立っているのは、少しみすぼらしい男が一人。
くすんだピンクのポロシャツに、かつてはベージュ色だったであろうズボンをはいている。

ホームレスかと思ってしまうが、ぎりぎりでその一線は越えていないのかも知れない。
赤茶けた肌やふさふさとした黒髪は清潔だったし、腫れぼったいまぶたの下から覗く瞳にも鋭い輝きがあった。
「そんなところに突っ立ってないで……カウンターがいいかしら?それとも――」

男がゆっくりと階段を降り、階下で待つ麻子さんの方へと近付く。
――何だか、様子がおかしい――?
俺は、念のため麻子さんの後を追いかけた。
男の目には、麻子さんは映っていない。
しかし麻子さんはそれに気付いていないようだ。
「麻子さん、気を……」

案の定、男の右手が一瞬見えなくなった。
しかし次の瞬間には、元の場所に戻っている。
「お前、今何を――」
すぐには、わからなかった。
だが、俺が言い終わる前に、今まで立っていた麻子さんに変化が起こった。
ガクンと突然膝を折り、その場に崩れたのだ。
「麻子さん!」

受け止めることはできなかったが、頭を打つ前に肩を押さえられた。
顔色をうかがおうと、麻子さんの体を後ろに倒す。
特に変化はない――麻子さんはどうやら、気を失っているだけらしい。
俺は麻子さんを抱き留めたまま、警戒して男を見た。

「君と話がしたかったんだ、諸刃君」
男がその顔に似合わない、高めの声で嬉しそうにそう言った。
こいつ……何で俺の名前知ってんだよ……?
ますます警戒が高まる。
こういう場合、大体は敵との遭遇である可能性が高い。
男は麻子さんの手前まで来ると、足を止めた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ