†Lasting Town†

□真夜中の亡霊
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時は春。
暖かい風が吹き、「永続する街」の広場にあるマントがはためいた。
そこにあるのは――いや、正確には、そこに「いる」のは、透明人間のミスター・スルー。
彼は黄昏時の広場の隅に、一人ぽつんと立っていた。

「珍しいな、ミスター? 君がこんな時間に外を出歩いているなんて」
不意に後ろから声がした。
見ると、彼の後ろには洒落たスーツを着込んだ人物が立っていた。
「ああ、レディ、貴方こそ」

ミスター・スルーがそう言って、唯一人の目に見えるマントを、ばさりとひるがえす。
これによって、ミスター・スルーが「レディ」のいる方に振り返ったとわかった。
「私が何故ここにいるかは、皆理解しているだろう?」
「レディ」が口元にわずかに笑みを浮かべた。

彼女は、大きな黒いシルクハットをかぶっていて、口元しか見えない。
着ているスーツも男物なので、一見して彼女を女だと見抜くのは難しい。
「そうですね」
ミスター・スルーがまたマントをひるがえした。
「街を起こす為、ですよね」
「ああ。だが、貴方はもう起きていた」

彼女は辺りを見回す。
まるで、後ろから他にもまだ誰か来るのを期待するかのように。
しかし、後ろには廃れた街が広がるだけで、どこにも人影はなかった。
「……貴女もご存知の通り、私めは透明人間です。透明な者は、如何なる事実にも拘束されませんよ」

ミスターはゆっくりとマントを揺らし、広場の奥にある時計台へと歩を進めていく。
そこに取り残されたスーツ姿の女、タウンは、やれやれといったように首を振った。
「さあ、起きろ、《永続する街》よ」
ぽつりとタウンがつぶやくと、街は途端に様変わりした。

明るい光が洪水のように溢れ、廃れた街全体をまばゆく照らし出す。
タウンはその場に立ち続け、その変化が終わるのを待った。
しばらくの後、光が消えると、街の風景は一変していた。
街の家々に明かりが灯り、黄昏を過ぎた街の地面にその色を落とす。

今にも壊れそうだった家は、それに伴って活気づき、自然に損傷した箇所を修復していた。
街にあるたくさんの街灯が、その様子をオレンジの光で見守っている。
一通り変化が終えると、タウンは満足したように街の入り口に背を向けた。
そして、タウンからそう離れていない一軒の家に入っていった。

――ふと、入り口の門柱のわきに、何か揺れるものが見えた。
それはボロボロの布のようで、そこにはあるはずのないものだった。
布は、門柱の影からスルスルと這うように進み、明るい街の豊かな活気を吸い込んだ。
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