OTHER-D-

□全部、諦めない
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彼女はどちらかというと嬢ちゃん寄りで
のんびりとして、いつも優しく微笑んでいるような

温かい人だった。




そんな彼女がいつか 俺に


あいつに似た、眼差しで


聞いたんだ。
















『もし私かレイヴン、どちらかの命を犠牲にしなければならなくなったとしたら…レイヴンならどっちを選ぶ?』







いつもとは違う、妙に真剣味を帯びたその瞳が
キャナリと重なって俺の反応速度を緩める。



『……、そんなのおっさんに決まってるでしょ〜?なまえちゃんを死なせるわけないじゃないのよ』

『…そう』



その時、悲し気に微笑んだ彼女の表情に
俺は見て見ぬフリをして、



『因みになまえちゃんはどっちを選ぶのか、おっさん気になっちゃうな〜』

『じゃあ内緒』

『そこでじゃあってどういうこと?!なまえちゃんいつからそんなに意地悪になっちゃったの?!おっさん悲しい!』



茶化して、笑って、流して それでも
いつもなら何にも響かない心に


何かがひっかかって、揺れる。
その答えが、どこかでずっと、忘れられなかった。



その時の俺は、それでも気に止めることもなく
ただ無感情に笑ってた。













そのままずるずると彼女達と過ごして



時が経てば経つほど、心を殺すしかなかった。







自分の役割を忘れてしまいそうなほど
心が揺れていたからだ。






分かっていたのに、それでも無理矢理に気付かないふりをして


裏切って



死にかけて








その時やっと気づいたことがあった。










俺は、彼女が好きだったんだと、










気づいたのは遅すぎたが、
死にかけの俺にもまだ出来ることがあって



最後くらい、"騎士"でありたいと



仲間の声を、手を、振り切って
『私は行けない』そう言った彼女を





守りたいと





『なまえちゃんを死なせるわけない』
あの答えに、間違いなんてないと思った。



俺の心を揺らし続けてくれた彼女に、ただただ幸せをと願うだけ。



『前にも言っただろ?死なせるわけないじゃないの』

『…私の答えとは違うもの』

『行け、早く。俺の最後の願い、聞いてくれや』
『何も言わないで』

『…幸せに、生きてくれ』

『、……っ』



最後くらいは笑った顔が見たかったけど、そんな状況じゃねえわな。
悲しみに歪んだ彼女のその顔が、俺は忘れられない。











この命が、拾われた今でもずっと。

















『…ごめんって、なまえちゃん』

ヘラクレスでは皆から一発ずつと
『あーあ、泣かせた。責任取れよおっさん』なんて言葉をいただいて。

そう。何より痛かったのは
殴られたことよりも、俺が戻ってきたことに彼女が泣いたこと。



『俺様なんでもするからさ、泣き止んで!ほら!笑って〜?笑ってるなまえちゃんの方がおっさん好きだな〜……なんて』

『じゃあ、嫌いに、なって』
『冗談!!冗談だからっ!!今のナシ!!』



俺のことで泣いてくれる人が居るとは思わなかった。
居なくてもしょうがない生き方をしてきた、はずだったのに、

俯く彼女に対して沸き上がる罪悪感の中に少しだけ、混じる、この優しい感覚をとても懐かしく感じていれば、彼女はそれをさらに現実的にした。






『…生きてて、よかった』





『、』

『…あそこで、諦めた私を…許して、くれる?』

『…え?』



諦めた?
俺の命を、ってこと…?

そんなの、俺の方が先に捨てて…捨てる、つもりで…
やっと死ねるのか、くらいに思っていたものを
彼女は気にしてくれてたのか。



『…許すも何も……おっさんにそんな優しくしても、何も出てこねーわよ?それに、許してもらわなきゃなんないのは俺の方だしなぁ…』

『……』

『なまえちゃん…?』

『……じゃあ、自分の命も、これからのことも、…全部を、諦めないで』

『……了ー解っ』



その時の俺は
彼女の言う『全部』の意味は分からなかったが、
ただ彼女の温かい気持ちが、言葉が、嬉しくて

それを承諾していた。















そのうち、色々なことにケリがつき始めたと同時に、また問題も出てきた。


体が思うように動かないことがあること。
命を拾われてすぐは、そりゃ仕方ないわな くらいにしか思ってなかった。
あんな使い方して、まだ動けるだけラッキーなもんだ。
それでも動く限り、コイツらの手助けを出来りゃあそれで上出来…くらいのつもりが最近は





まだ、生きたい





そう思うようになった。
あいつら見てると色んな気持ちが甦ってくるせいか…



なまえを好きで居ることも大きかっただろうが。

死んでいたような俺を、強く揺らして現実に引き戻してくれた彼女を、大切にしていたかった。

俺もいい歳だし、彼女から感じる好意がどういう意味で向けられてるかくらいは分かってた。
それでも、自分の手で幸せにすることだけは考えないようにしてきたけど、最近じゃその選択肢まで頭をよぎるくらいだ。
先のない俺に、時間を割かせたくないと思うのに
自分の傍に居てくれたら、どんなに幸せだろうかとも思う。

『生きてる』と、欲が出てくるもんなのか…
それとも元からこんな性格だったのか…





…そういや昔からわりと欲張りだったわ、俺。




昔も、そうやって欲張ろうとしては、蓋してたなぁ…なんて思い返していれば





『全部を、諦めないで』





そこに響いた、彼女の声。
それもまた、記憶の中のものでしかなかったけれど



瞬間的に感じた。



あの時、意味が分からなかった『全部』は
もしかして…今のこれがそうなのか?







「レイヴン?どうしたの、ぼーっとして」

「…なまえ、ちゃん」



命を諦めるなとは確かに言われたけど
でも、他も全部って、それは





もっと我が儘に全部求めてみてもいいって?

諦める必要なんてないって?





本気で言ったのか?
こんな俺に、分かってて…言ったのか?
だとしたら



「…どうしたの?」

「…なまえちゃん、あの時の答え、変えてもいい?」

「あの時?」



気づいてしまえば、止まりようがない。
こんな俺でもまだ、望んでもいいのか、という気持ちがないわけじゃない。
でも、こんな俺だから、なりふり構ってらんない。



ここはいっちょ、賭けてみるとしますか





「…どっちの命も犠牲にならない方法を探す!で、…どーお?」




これにyesだとしたら俺はもう
















「…私と、同じ考えね?」















、諦めない



そう言って嬉しそうに笑った彼女が傍に居てくれるなら、何でも出来るだろうから。








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