Magazin&Champion-D-

□未完成のアイオライト
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「…なまえ、さん…?」



「いらっしゃい。俊介くん」

「…なんで…」

「あら?私の父が自転車を趣味にしていることくらいは覚えてくれていると思っていたけれど…」

「いや、そうですけど…」

「ふふ、そんなに驚かれるなんて思わなかったわ」



入部初日、部室の扉を開けるとそこには見知った人が居た。
待っていましたと言わんばかりの表情で俺の名前を呼んだ彼女は、所謂お嬢様で
父親に連れられて行く先のパーティで
彼女の父親が自転車好きだったこともあって、挨拶を重ねるうちに顔と名前くらいは覚えた。

いつも決まって
『俊介くん、ごめんなさいね。父が煩くしてしまって』

と言うくらいで、彼女自身と会話らしい会話をしたのは一度きり。
とてもここでマネージャーなんてしているはずのない人だと思っているくらいには、彼女自身のことを俺はよく知らない。



「好きでしたっけ…自転車、」

「『今』はね、私も恋をしているの、自転車に」

「…はぁ…?」

「というと少し語弊があるかしら…?そうね、シンチレーションのような魅力があって」

「……」



相変わらず、かわった表現をする人だ。
と昔一度だけ話した時の事を思い出す。





『先日のレース、優勝おめでとう。あのレース、父に連れらて私も見せてもらったのだけれど…』

『…どうも』

『貴方は、とても綺麗に走るのね』

『………?』

『そうね…深い青の、アイオライトのような』

『…?』





その頃の俺の走りなんて 今より随分荒かったし、マネジメントの仕方だって知らない。
フォームも安定しきってないような、そんな

到底、綺麗なんて言葉をかけられるようなものではなかったはずなのに
そう言われた事と、例えられた意味自体が分からずに 昔も首を傾げた記憶がある。

静かに微笑まれて話は終わったが。
そう、今と同じように。





「今年は素敵なディスパーションが見られそう」

「それたまに言ってんな、ディス…なんとか。どういう意味だ?」

「そうね…、素敵な虹がかかりそう、という感じかしら」

「ガハハハ!全く意味が分からねぇ!」

「田所っちじゃ、聞くだけ無駄っショ」





そんな、
よく分からない彼女の


きらりきらりと、
端々が静かに輝くような、





「俊介くんの自転車がどんな磨かれ方をしているのか 楽しみにしてるわね」





そんな言葉に当てられて





「いつでも見せますよ、なんなら今からでも」









成のアイオライト



心が少しずつ、光り始める。







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