Magazin&Champion-D-

□いい匂いに誘われて
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「おはよう、降谷くん」

「……おはよう」



どこかで、見かけたことがあるような気がして
とりあえず返事はしたけど、誰だっけ…と考える。




「爪のケア、ちゃんとできたかな?と思って」

「……」

「…このタイミングで寝たフリは無理あると思うよ、降谷くん……」



そういえば昨日、御幸先輩に『面倒見といてもらえよ〜』と言われて
意味は分からないまま とりあえず頷いた時、御幸先輩の隣に居た気がする。

同じクラスだったんだ…と思っていれば「手、出してみて?」と言われて
無視…はできそうにないから、とりあえず左手を机の上に出した。



「……」

「反対だね…?」

「……………」

「…塗ってあげようか?」

「…いいの?」

「今日だけね」



そう言いながら ふわっと笑って僕の席を離れてくあの人は多分、いい人だ。
怒られなかったし。
塗ってくれるって言うし。





「じゃあ、右手、」



先に差し出された手に、大人しく右手を預ければ
痛そうだね…、と苦笑いされる。

別に痛くはない。そんなことより早く投げたい…。
2週間もボールに触れないなんて、憂鬱だ。

僕のそんな考えが分かったみたいに、また目の前でふわっと笑う。



「……?」

「早く治さないとだね、」

「………」



向こうに居る時は分からなかったけど
こっちに来て『お前って分かりやすいよな』って御幸先輩に言われるようになって…
それは御幸先輩だけだと思ってたけど、もしかして他の人もそうなのかな…ってぼんやりとしてたら「降谷くん?聞いてた…?」と聞かれて首を横に振った。



「爪を丈夫にするにはね、爪切りよりやすりの方が良くて、お風呂あがりとかに長さを整えてあげて、ハンドクリーム塗って、手をマッサージしてあげるといいんだよ」

「……手に塗るんじゃないの?」

「爪にもいいんだよ。乾燥してると 割れたり欠けたりしやすくなるから」

「……」



こんな風にしてね、って手をマッサージをしながら説明してくれるのをぼんやりと眺めて



「ボールにかかるのって、この指だけなのかな?」

「…こっちも」

「じゃあ、こっちもやっとこっか」

「……」


なんか、すごいな…。なんて他人事の様に思ってたら
また考えてることが分かったみたいに『明日からは、自分で頑張ろうね?』と言われて思わず黙る。



「………」

「…が、頑張ろ?毎日全部やるのは無理でも、1日一つずつ…今日はハンドクリーム、とか今日はマッサージとか、少しずつでいいから…」

「…それなら…」

「よかった」

「……」

「ハンドクリームとか、やすりとか…は持ってないかな?これあげる」

「いいの?」

「うん。香りが気にならなければ使って」

「…」

「じゃあ、また部活で」

「…うん」



自分の席に戻っていく彼女を見ながら

なんか手がぽかぽかするなぁ…と何度か握ったり開いたりしていれば
ふわっといい匂いがして自分の手をじっと見た。



「(……お風呂あがりに、塗る…)」



正直そういうの できる気がしなかったけど

なんか急に、できそうな気がしてきて
また ぐっと手を握る。










匂いに誘われて



ふぁっと欠伸をひとつして、先生の声が聞こえ始めてたけど僕はそのまま目を閉じた。







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