Gerade-D-

□いつか
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ガガガガと、ラジオの雑音っぽいのが
ちょっと遠い感じやけど、なんとなく聞こえる。

正直まだ動けへんし、喋る気力も何もない。
息整えるので精一杯やし、頭もほとんど回っとらん。
安静にしてろ言われたけど…安静もくそも、1mmすら動く余力残ってへんわ


今、レースはどのへんや…もうすぐゴールか?
それとももう終わったんか?



なんて、やっと考える余裕が出てきた頃か
金城さんがワイのとこ来て小野田くんがトップ争いしとるて、確かにそう言うた。
ワイはそれにビックリして 思わずタオルとったら

右手辺りのとこで、


見慣れた色の髪がちらついた。


ワイの知っとる中でこの髪の色してんの、一人しかおらへん…でも、
…ウソやろ…ゴールで待っとるはずやのに、



「……なんで…、ここおるんすか……心さん、」

「、……」



床に座り込んだまま、ワイの寝とるベッドにうつ伏せた その人の、名前を呼ぶ。

いつもやったら元気に笑って 章ちゃん、て呼んでくれんのに今はちゃうくて。
おったんやったら声かけてくれたらええのに、て思たけど、
今はそんな言葉出てこんかった。


顔上げた心さんが声も出さんと、ぽろぽろぽろぽろ、泣き始めるから。



「え…な、なんで泣くんすか…!」

「…泣いてないもん」

「……ウソ下手すぎか…」



そんなん、ウソにもならへん。隠すみたいにまたベッドに顔うずめて
震えた声でよかった、とかなんとか言うて、

そんなん…見たら分かるやん。



「 三笠 はオレのリタイアを聞いて、下まで戻ってきていたんだ。…お前が運ばれてきてすぐ、お前の様子を見に行くと飛び出したきり戻らないから様子を見に来た」

「……」



泣いてんの、もしかしてワイのせいすか?
そうやってずっと、そこおったんすか、

なんで そんなん、


なんなんすか、急に


昨日は 拗ねて、怒って
今日は 強がってみせて、


一昨日まで、笑ってしかくれへんかったのに



「…心さん、」





ワイが名前呼んだ途端
 そんな風に泣かれたら、たまらへんわ。





「…ワイ大丈夫やから もう、泣かんとってや」



ベッドに俯せたままの心さんの頭を、まだあんま力入らん手で撫でる。

おかしいかもしれへんけど、もしそれがワイのせいなんやとしたら…嬉しいと、思てまう。
もしかしたら、て期待してまう。



でもまだや。



「…今、小野田くんが頑張ってくれとるみたいやから、泣くのはもうちょい…約束通り、ワイらが1位獲った後にしましょ」

「…うん」



約束の結果もまだ出てへんし、
オッサンも超えてないし、

心さんには結局まだええとこ何も見せれてへんし。



「…どうせやったら、こんなカッコ悪いとこやなくて…派手に登っとるとこ見てもらいたかったっスわ。これでもかー!いうくらい盛り上がったんやで!いやマジで!」

「…章ちゃんかっこわるくない」

「……そすか?そりゃおおきに」



ホンマ、この人相手やと見栄も強がりも全然意味ないから困る。
なんでもうちょい上手くいかへんねやろ、て思いながら苦笑いで答えとれば

マツ毛くんが入ってきて、ハコガクの人に言うたのは
残り500まできとって

小野田くんが ハコガク追い付いて



並んどるて、





ホンマか、小野田くん





「小野ッ!小野田くーーん!!」

「わ!」
「おちつけ鳴子」

「全力や!全力出せーー!!小野田くーん!!」
「安静にしていろとさっき言われただろ、頭のところ少し深く切ってるから」
「二人とも急に動いちゃ…!」



勢い任せに起き上がったワイを金城さんが抑えて、その金城さんを心さんが抑える。

あ、ヤバイと思った時にはもう遅いんやけど
ワイの体はまたベッドに倒れ込んだ。







「章ちゃん!真くんも!二人ともあんまり動いちゃだめだよ」

「あーすんません…つい、」
「オレなら大丈夫だ」

「だめだよ!」

「…そうだな、分かった」



そう言うて頷いた金城さんは 小さく笑ろとって
この人おるとホンマ、どこおってもこんな感じなんかなーって思たら自然とワイまで笑てまう。

だめなんだからね!と念を押してくる心さんに分かったんでー 言いながら、救護の人にまた診てもらって
なんやかんや すっかり和んどるところに

テントの隅に置かれたラジオの実況が一際大きく辺りに響いた。







『インターハイロードレース男子、総合優勝は総北高校!3日目 富士の山岳ステージを制したのは176番 小野田坂道選手!!』







繰り返し流れてくるその放送にまた思わず体を起こして
じわじわと、沸いてくる実感に上手く言葉が出てこうへん。

それは金城さんも同じみたいで、涙流しながらただただ小野田くんの名前を呼んどる。



「…小野田!!小野田!!小野田!!」

「…マジでマジでもォーくあーッ小野田くーーん!!」



診とった人が騒ぐな言うとるけど、そんなもん大人しく寝とる場合ちゃうやろ。
ワイらが繋いだジャージが、総北が、優勝したんや!


思とった形とはだいぶちゃうけど、それでも



それを見せたかった本人は、今ワイの目の前におる。



「心さん!やったで!ワイらが優勝や!!」

「…うん!ホントに、約束…っ」



泣いとるけど、どっちかいうと
メッチャ嬉しそうに笑っとる心さんを見て

改めて



優勝したんや、て思う。





「ありがと、章ちゃん!」





この笑顔が好きや、て思う。





今はまだやっと1個約束守れただけやけど














絶対この人に、好きやって言うてやりたい。










→16.なくさないように


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