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□リップグロス
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いつものパーラーにいつもの五人。そして今日は更に異色の二人を合わせた七人が居た。
大きなテーブルを囲み、賑やかに談笑する学生服姿の少女達と同じく少年二人の姿がある。(否、実際には少年は一人なのだが)

その中の黒髪の少年が、もう一人の淡い髪色の少年を見つめていた。

あー、その、なんだ……。
もしかして、誘ってるのか?
だって、いつもと違うんだよ。
くちびるが!
こう…つやつやして濡れてて…光を反射するからいつもより立体的で…。
所謂、『艶めかしい』ってやつ。
うん。
あー・・・。
まずいな…。
おだんご達が居るってのに。

わいわいと話の尽きないうさぎらの声も耳に入らず、星野はじっとはるかの唇を凝視
していた。
「はるかさん唇ぷるぷるですね〜。どこのリップグロス使ってるんですかぁ?」
「リップグロス?」
うさぎは頷く。
「あれ?リップグロスじゃないんですかぁ?」
「最近、空気が乾燥するだろう…みちるに唇の荒れを治すのに良い物はないかなって相談したら、これを渡されたんだけれど…これリップグロスって言うのかい?」
ジャケットのポケットからチューブ型の透明なスティックを取り出した。
「そうですよぉ!お化粧の仕上げに塗って唇をプルプルに見せるんです」
「それに最近のリップグロスは、薬用効果のある物もよく見かけるわよね」
うさぎに同調して解説するのは亜美である。
「へえ…化粧品だなんて知らなかったよ。薬にしては随分とパッケージが可愛らしいと思ってはいたけど」
「あたしはまもちゃんとのデートのときに塗って行くんです!男の人は女の子のぷるぷるした唇を見るとキスしたくなっちゃうんですって〜!あ、もちろんまもちゃんはうさこだけだよって言ってくれましたけどぉ」
頬を染め嬉しそうに、キャ!と声を上げるうさぎ。
「キス…」
呟くはるかに、ふふふっ、とにやけ顔でうさぎが擦り寄る。
「はるかさんも素敵な恋人とキスしたいですよねぇ〜?」
すっかり蚊帳の外だった星野だが、はるかに向けられた《恋人》に二文字にぴくりと反応した。
うさぎの質問に悪意はないのだろうが、是とも否とも答えにくいはるかは誰とも目を合わせないままコーヒーカップに口を付ける。
この場にみちるが居たならば、きっと重ねて追求されたに違いない。
ああ、困り果てた自分の表情を見て微笑むみちるの姿が目に浮かぶようだ…。

――ねえ、ほたるったら気になる男の子ができたんですって。その子と遊ぶときはいつもよりおめかしして出掛けて行くのよ。

――それに、表情が変わったの。その男の子ともっと仲良くなるにはどうしたら良い?って。そう訊いてきたときの顔。あれは正しく恋する女の子の目だったわ。

――かわいいわよね、きっと初恋なんだわ。

――…ねえ、はるか。あなたも最近そんな目をしているわよ?

真意を突かれた事慄いたのか、靄がかっていた己の《想い》の形を露わにされ、目の前に突きつけられた事で自覚を余儀なくされたことに慄いたのか、はるかにその二つの見極めは不可能だった。否、自分に自覚はなかったのだから後者が正しいか…。
とにかく、そのときのみちるの言葉は脳を直接叩かれたかのような衝撃だったのだ。

「”恋人”か・・・」
自分やうさぎ達の年齢なら、本来は色恋の話が最も楽しい話題のひとつだろう。普段の自分は使命や敵の征伐を優先してとてもそんな事まで手が回らない。
だが、彼女の言うように恋人の一人や二人いたって不思議ではないのだ。
「そうだね、恋人を作るのも良いかもしれないね。あ、じゃあ衛さんを貰おうかな」
はるかは悪戯っぽくうさぎに目をやる。
すると、うさぎはガタンと座っていた椅子を倒しながら慌てて立ち上がった。
「だめだめだめー!まもちゃんはわたしの彼なんです!」
余りにも想像通りの反応に思わずはるかは噴出してしまう。
鼻息も荒く身を乗り出すうさぎを宥めるように軽く肩を叩いてやる。
笑いが治まらないままはるかは続けた。
「もう・・・冗談に決まっているだろ。僕は人のものを奪おうなんて、考えないさ」
はるかの言葉にほっとした様に、うさぎは椅子を起こし座り直す。
「はるかさんたら酷〜い。だってはるかさんが大人の魅力でまもちゃんに迫ればもしかすると、もしかするかもって考えちゃったんですよ!」
仲間たちはうさぎの過剰な反応に、くすくすと笑う者、やれやれと呆れる者と様々だ。
一方の星野はそのやり取りをグラスに刺さったストローを弄りながら、内心ドギマギしながら聞いていた。

あいつが衛さんの事を好きなのかと思った・・・違ったんだ。冗談かよ。あー安心した!びびらせんじゃねえよ。

ん?安心?何であいつが衛さんを好きじゃないって分かって安心してんだ、オレ。

ひとりで表情をころころと変える星野に気が付いた美奈子が首を傾げる。
「星野くんどうしたの。ひとりで百面相の練習でもしてるの?」
美奈子の声に全員の視線が星野に注がれた。
ストローを弄っていた手を止め顔を上げると、ひと際高い位置にある小さな顔と目が合う。
「あ・・・別に、な、なんでもねえよ」
口の回らない星野に美奈子はひとり腕を組む。
「んん?その反応、怪しいわね〜。ははーん・・・さては星野くん、彼女が出来たんでしょう!この愛野美奈子の目は誤魔化せないんだから!」
「違げえよ、そんなんじゃねえから!変に疑るのはやめてくれよ」
星野への追求をひとしきり終えると、彼女らはまた恋やら学校での話題へ戻っていく。
そんな中、はるかは静かにコーヒーカップを傾けていた。

やべぇ、もしかしてオレ・・・。



そんな放課後のひとときであった。








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