宝と献上

□懐芽様から
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「エース、旅をしないか」
あまりに突発的で、情動的というか、馬鹿ではないだろうかと思えるほどの行為だった。知らないのだ、人が人を好きになる行為そのものが。ただ一人、女性で気になる人はいても、それは何かが違うような気さえする。だったらこの、彼に対する気持ちは何なのだろうか。電車で目的地の無い旅をする。そして何故か車内でのキス一つ。なんて、皮膚と皮膚の接触であり、対したことでは無いはずなのに。ただ今は、彼の顔を見ることができない。顔が熱いからなのか、弱みを見せたくないからか、それともこの不可解な感情のせいかはわからないけれど。ただきっと、彼も自分もおかしいだけなのだ。自分は旅に同意してのこのこついて行ったし、彼も人が少ない電車の中で気が狂っただけなのだ。いや、そう信じたい。そして自分も、気が触れただけなのだと信じていたい。このまま帰りたくないだなんて。来たのを後悔しながら、彼はまた手を伸ばしてくる。許可も無いのに髪に触れられ、いつもなら振り払っていただろうに。不可解なことばかりだ。
ミラから怒りに混じったメールに留守電が幾つか携帯に届いていた。電源を切ってしまおう。すべて遮断してしまおう。今はこの不可解な感情の行方だけで、他はいらない。見たくない、だけど見てしまう。人はそんなものだから。



ああ、苦しい楽しい。

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