第三楽章〜グラサンの王と幻想の騎士〜
□焔と契りし冬騎士
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朝と夜の狭間。
この地のあるじである銀髪の青年は、柔らかな微笑を浮かべていた。
色違いで揃いの意匠のドレスを身に纏う、双子の人形は、揃って可愛らしく礼をする。
「ヴィオレット。オルタンス。ありがとう。」
生まれる前に死にゆく輪廻を課せられた彼──イヴェール・ローラン。
運命の手によらざる其れから彼を救うため、冥府を統べる死の神と、生を見守る虹の女神より、双子の人形はイヴェールの代わりに廻る力を授けられた。
そして今、彼女たちは使命を果たそうとしていた。
ヴィオレットが手に入れた、イヴェールが生まれるに至る《物語》の最後の一つ。それがオルタンスに──『紫』から『青』に──手渡された時、《伝言》は完成し、イヴェールは『生』へと至る。
「Viorette」
「Oui、Hortense」
──まさにその瞬間。
「────!?」
「「Hortense!!」」
不意にオルタンスに蕀の蔓のようなものが絡み付き、小さな身体を拘束した。と思うまもなく、彼女が視界から奪い去られる。
「ホホホホ……こっちよ、イヴェール!」
振り返ったイヴェールの視線の先に“彼女”の姿はあった。
イヴェールの其れに似た、銀色の髪、白い肌。それらによく映える、薔薇色のドレス。
優雅な笑みを湛えた唇は、艶々とルージュで彩られている。
「貴女は……《女王》ミシェル!」
オルタンスを捕らえる、蕀の鞭。その握り手はミシェルがしっかりと持っている。
「Viorette!」「Hortense!」
為すすべなく、少女たちは互いの名を呼び合うのみ。
イヴェールがヴィオレットを庇うように後退る。だが、無駄な抵抗に過ぎないと、相手は見抜いていた。
「オルタンスを手中にしてしまえば、こっちのもの──さあイヴェール『おりあわせしになさいな!』」
「…………!」
彼の体から力が奪われる。
双子姫の呼ぶ声に答えることも叶わず、意識が遠退き──
ドサリ。
イヴェールを抱き止めたのは、黄昏の世界の大地──ではなかった。
「は……《白鴉》!!」
紫水晶の双眸を持つ長い髪の青年が、イヴェールが崩れきる前に片腕に受け止めていた。
そして───
「『生』を奪われ『死』に傾いた天秤を、黄昏の地に置く必然性は無いな、《女王》。」
更に彼らを庇う位置に、黒衣を纏う王が現れた。
「──お前は、タナトス!」
冥王タナトスは、ミシェルに視線を据えたまま、背後のエレフセウス達に声を掛ける。
「エレフ。ヴィオレット。イヴェールは頼んだぞ!『冥←重↑力↓』!!」
「!?ちょ、パワー強すgうわあああああああ!!!!1」
──冥闇に呑まれゆく《白鴉の絶叫(と書いてエレフシャウト)》。
「むっ、力加減を誤ったか!?」
白い貌に、微妙に焦りの色が疾った直後。
『きゃあああっ!?垂直に堕ちてきたエレフ君達がシャイターンを下敷きにー!!』
タナトスの瞳を使うまでもなく、何が起こったのかとってもよく分かる悲鳴が、彼の脳裏に届いた。
「………………済まぬ、エレフ、そして友よ。」
自分も神なのに思わず合掌してしまったタナトスと、目論見とシリアスを完膚なきまでにぶち壊されたミシェルとの間を、黄昏の地を渡る乾いた風が通り抜けていった。