第三楽章〜グラサンの王と幻想の騎士〜
□夏の終わりのエクレール
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『アンネリーゼ』
(──父のもう一人の妃、《あの子》の生母)
『貴女の気持ちは、痛いほど分かる』
(私だって貴女と同じ《母》だもの)
『それでも私は...』
(私からメルを、そしてメルから光を奪った貴女を──)
『貴女を...赦さない』
〜〜〜
「今でも?」
彼女にそう問いかけたのは、目許をサングラスに隠した東洋人風の、国王だと名乗った男。
「アンネリーゼが冥府へと召され、貴女を“魔女”に陥れたモノが廃された、今でも?」
彼女がどのような存在であるかを承知していることを、さらりと告げた男は、穏やかな笑みを口許に湛えている。
そこに蔑みの表情はなく、かといって取り入ろうとする意図も感じられなかった。
「だとしたら?」
しばしの沈黙の後、彼女は静かに問いを返した。
今更、相手がどこぞの王であるからといって、頭を下げなければならない立場では自分は無い、と思っている。といって、見下す心算も無かった。
そんなものは、どうでもいい──其れが一番本心に近い感情だろうか。
「そうだね。もしそうなら──或いはそうでないなら、僕の王国に貴女を迎えたい。」
「…………え!?」
碧い瞳が驚きで見開かれた。
今この“王”は何と言った?
「“世界を呪う正真正銘の魔女”を、民にする心算なの?」
「うん。優秀な医療従事者はどこの国にとっても貴重だから。僕の国もまた然り。」
“魔女”という部分をいともあっさりスルーして答えた、王の言葉に躊躇いは無かった。
「ああ、勿論ただでってわけじゃない。僕からも貴女に、頼みたいことがある。ちょっとばかり、重労働だけど。」
続けて告げられた交換条件の提示に、却って彼女はほっとする。タダほど高いものはないのだ。
「どんなことかしら?」
最早笑みさえ浮かべて、彼女は問い返した。
相手を完全に信頼したといえば嘘になるが、話によっては乗ってみるのも悪くない、と思い始めていた。
若き王は、答えた。
「──二人の子供の、お母さんになって欲しいんだ。」