第三楽章〜グラサンの王と幻想の騎士〜

□イドへ至る楽園へ至るイド
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『夏の新作スィーツはじめました!』

寒色系のパステルカラーを基調とした、可愛らしい飾り文字でそう記された看板が立てられた店の扉を開くと、ドアベルが軽やかな音を奏でる。

「あら、いらっしゃい。今日は騎士さん皆お揃いなのね。」

赤い格子柄の服に白いエプロンというユニフォーム姿の金髪の店員に、そういって迎えられたシャイターンとライラは、一瞬きょとんとした。あきらかに、今彼女が言った「お揃い」とは、真っ赤なペアルックでああ幸せ的な意味ではない。
思わず店内を見回した二人は──

「スィーツいけるんだったら、ここ絶対お勧め!僕もよく来るんだ。」

「メルメルは甘いもの好きよ。ね?」

「ああ。糖分は疲れを取ると、とある国の王も言っていたからね。」

「とある国って言うか、もの凄い身近な王様じゃないかそれ?」

──なじみのありすぎる顔ぶれを、そこに見出した。



「ええっ!?まさか鉢合わせちゃうとは思わなかった!」

声をかけた夫婦に、満面の笑顔でイヴェールが応える。

「だって気になったんだもん、新作スィーツ!」

ライラも満面の笑顔で主張する。同じように興味を引かれた者は彼らだけではなかったらしく、丁度午後のティータイム時であることもあって、この店「Elysion」のテーブルは、9割方が埋まっていた。

「お待たせしました!桃のアイスミルフィーユです。」

先ほどシャイターン達を迎えた店員とは別の、赤みの強い金髪を肩上で短めに切りそろえ、色違いの同型──橙色の格子柄のユニフォームに身を包んだ店員が、新作スィーツを運んできた。
騎士たちに同行していた一人、少女エリーゼが嬉しそうに第一声を放つ。

「まあ、美味しそう!死体と土塊以外のミルフィーユは久しぶりだわ♪」

──無邪気な甲高い声は、店中に容赦なく響き渡った。
客たちの談笑が一瞬にして全停止し、凍り付いたような静寂が訪れる。

「エリーゼ……今のは、飲食店で言うにはあまりふさわしくない発言だったね。」

卓上にあった、点字プリントのお品書きを指先で辿っていたイドルフリートが、穏やかにたしなめた。

「……ごめんなさい……エリーゼのこと嫌いになった?」

なんだか妙にしゅんとしてしまった彼女の頬を、イドルフリートの手が、優しく撫でる。

「まさか。私が君を嫌いになる筈なんて──たとえライン河の水が涸れたってありえないよ。」

そういいながら微笑んで見せたイドルフリートの、サングラスの奥の白い瞳が、とても優しげな光を宿す。はにかむように微笑んだエリーゼの頬は、心なしか薔薇色を帯びていた。

「こらこらそこ二人ー!それでなくても世界で一番熱い夫婦が絶賛来店中なのに、気温上げない!」

すかさず、どこぞの80年代ロックミュージックを連想させる形容詞で以ってエレフセウスが突っ込んだ。

「ああ、済まなかった。では私が、白一色の和服姿で額に三角巾を装着して井戸に立てば、少しは涼しくなるだろうか?」

穏やかな微笑のまま、言い放ったイドルフリート。
聞こえた全員の脳裏を、極めてリアルな映像が過ぎった。

「うふふ、その時はエリーゼが寒色系のLED照明でメルメルをライトアップしてあげるわねv」

「Danke-choene。エリーゼは気が利くね。」

「やーめーてー!何その凄い自虐的な提案!あとエリーゼちゃん煽っちゃダメ!!」

半ば涙目になりながら、イヴェールが阻止を図る。

「そうか?周囲の皆が暑さで疲れていたら、こういってあげれば良いって、エレフの友人に教えて貰ったんだが。」

「どの友人なのか訊いていい?」

エレフセウスが妙にいい笑顔でイドルフリートに問いかけた。

「ん、君と同じくらいの年恰好の青年で、鈴木檻於之介と……」

「あの馬鹿あとでシメる。」

「加勢するぞエレフ。」

ひそかに拳を固めたエレフセウスの肩に、シャイターンの手が置かれた。どうやら鈴木君は、全力で逃げたほうがよさそうである。
そうこうしている内に、悪魔夫婦のテーブルにもアイスミルフィーユが置かれる。鈴木君はとりあえずおいておくことにしたらしいシャイターンは席に戻り、愛妻共々新作スィーツを口に運んだ。

「……っ、おいしいーっ!!」

ライラの歓声が上がった。
輝くような笑顔である。向かい合うシャイターンの口許にも、自ずと笑みが浮かんだ。

「本当においしそうだなー」

ライラのその表情を目にした、常連客らしき一人が言った感想を、すかさず今スィーツを運んできた橙格子のユニフォームの娘が拾う。

「そうでしょう。よかったら、おひとつどう?」

「あーもう上手いなセリスちゃん。よし追加オーダー!」

「はい!ご注文ありがとうございます!」

明るく返した彼女──セリスは、軽やかにきびすをかえし、カウンター裏へと姿を消した。

「……ねえ、ちょっとスカーレットちゃん。」

ライラが、最初の赤格子のユニフォームの娘を呼びとめ、話しかける。

「なんか、セリスちゃんめちゃめちゃ張り切ってない?」

「そうでしょ。無理もないわ。そのアイスミルフィーユの開発担当だもの。」

「「へえ!?」」

ライラと同時に、エレフセウスが感動を伴った声を挙げた。

「やるなあ〜。初対面の当初は、頑張り屋さんだけど接客は、悪いけどどちらかというと苦手な印象だったけど。」

「誰か、大事な人がいるのかな?彼女にとって、守ってあげなければならないような人が。」

エレフセウスの感想を受けたイドルフリートが、さらりと口にした問い。
直後、紫水晶が驚きで見開かれる。

「──ビンゴだよ!凄いなイド君、よく分かったね!?」

「簡単な話さ。たまたま私も、そういう女性を一人知っていたというだけのこと。」

静かに答えるイドルフリート。

「彼女には、息子が一人居たんだ。女手ひとつで、というやつだね。……大切なその子のために頑張って、ついには医者になった──強くて、優しい女性だよ。」

サングラスで印象を和らげられている白い瞳を、どこか遠くへ向けながら、イドルフリートは語った。
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