この蒼い空の下で 参
□伝えたくて
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「小十郎さん、今ちょっと良いですか?」
畑から戻って来た小十郎さんを待ち構え、辺りに視線を走らせながら聞けば、何かを感じ取ったのか着いてこいと促された。
着れてこられたのは厩だった。中に居るのは馬だけで、人の姿は無い。小十郎さんは引いていた馬から鞍や手綱を外し、柵へと入れてから待っていた私に向き直った。
「それで、俺に話とはなんだ」
「えと、その、働くことって、出来ませんか?」
「それはお前が、ということか?」
「はい。それも、政宗には内緒で」
「なるほど。だから人目を気にしているのか」
今も出入り口を気にしている私に、人が近付けば馬が反応すると教えてくれた小十郎さんは、少し思案する様子を見せた後、口を開いた。
「どうしても、というなら出来なくは無い。が、政宗様にも内密にとなるとまず不可能だろう」
「どうしてですか?」
「お前も良く知っている通り、政宗様は頻繁に城下に降りられる。働くお前を見掛ける可能性も必然的に高くなる」
「でも、表に出ない仕事なら」
「お前の立場を考えれば紹介出来る仕事は限られる。お前の身に万が一のことがあっては政宗様に顔向け出来んからな」
「怒られちゃいますか?」
「程度によってはお叱りを受ける前に腹を切る」
「えっ!?」
小十郎さんの顔を見れば冗談や大袈裟に言っているだけとは思えなくて、この世界に残ることを決め、政宗の想いに答えたことで変わった自分の立場の重さを改めて知る。後悔は無いけれど、自分の言動によって引き起こされるだろうことを知れば怖さを感じる。
「あ、あの! やっぱり良いです! 他の方法考えます」
ありがとうございましたとお礼を言って去ろうとしたら、今度は小十郎さんに引き留められた。
「政宗様に知られずに働きたいということは、自信で稼いだ金で何かを贈りたい、ということか?」
「なんで分かったんですか!?」
「お前の性格を考えれば想像がつく」
そんなに分かりやすい性格をしてるんだろうか。それはそれでちょっとショックだ。
「城の金を使うことも出来る、と言ったところでお前のことだ。自分には権利が無いとでも言って拒むだろう」
またも言い当てられてしまった。そんなに私の性格って単純なんだろうか。それとも小十郎さんの洞察力が鋭い、とか? うん、きっとそうだ。私が単純過ぎるなんてことはない。たぶん、きっと。
「贈りたい物というのは、金が無ければ贈れない物か?」
「あ、いえ。何を贈るかはまだ決めて無いんです。稼げた額から決めようと思ってたから」
「なら、お前の身一つで出来ることでも良いんじゃねぇか?」
「私?」
「ああ。お前からの贈り物ならどんなものでも政宗様はお喜びになる。たとえそれが物では無く、言葉や行動であってもな」
言われてみれば、政宗は私が少し着飾っただけでも喜んでくれる。それに誕生日プレゼント変わりの膝枕だって、政宗から望んだことだ。
「大事なのは贈る物が何かより、贈った相手に喜んでもらうことだ。違うか?」
「いえ、違わない、です。……少し、考えてみます。政宗が一番喜んでくれそうなことは何か。ありがとうございました」
頭を下げ、今度こそ厩を離れた。相談している間に陽が陰ってきていて、辺りは薄暗くなっていた。風も冷え込んできて、部屋へと戻る足は自然と早くなる。
歩きながらも考えるのは政宗への贈りものだ。着物や帯と、政宗からいろんな物を貰っている。特に誕生日プレゼントとしてブレスレットを貰った時は一瞬で私の宝物になったくらい、嬉しかった。
だから、政宗にもお礼を込めて何かを贈りたいと思った。小十郎さんに相談するまでは、何かを贈るなら物だと思っていたけれど、でも、大事なのは政宗に喜んでもらうことだと知ったから、今の私に出来ることを考えよう。
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