この蒼い空の下で 参
□一人男
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鍛練場へと向かっていたら、わあわあと賑やかな声が聞こえてきた。近付けばその賑やかさは誰かを応援しているらしきものだと分かった。さらに近付けば姫さんという単語が聞き取れた。美夜ちゃんが何かをしていてそれを野郎供が応援しているらしい。
「あっ!」
「ああっ姫さん!!」
目の前の角を曲がれば鍛練場が見える、という時になって、角の向こうから大勢の人間が慌てふためき、次いで安堵する空気が伝わってきた。あいつらは美夜ちゃんに対してだいぶ過保護な部分があるからさほど心配することなく、それでも念のために足を早めて角を曲がると野郎の一人と美夜ちゃんが抱き合っていた。
「・・・・何やってる」
「はっ! すすすすんません筆頭ォォォッ!!」
「ちょっ! わっ、わっ」
梵と勘違いしたらしく、突然美夜ちゃんから離れた兵は地面に頭を打ち付けんばかりの勢いでその場に土下座した。美夜ちゃんはというと抱き合っていた相手が離れただけだというのに両手をばたつかせてそのまま後ろへと倒れていった。地面にぶつかる前に何人もの野郎が「危ねぇ姫さんっ!!」と叫びながら滑り込むようにして下に入ったから怪我をしてはいないようだが。
ホッと一安心した美夜ちゃんは直ぐに謝りながら立ち上がろうとして、けれど体を起こすことすら出来ずに直ぐにまた野郎供の上に尻餅を突いた。頭に美夜ちゃん尻が乗ったやつの口元が嬉しそうにニヤけたのは見なかったことにしといてやろう。一応は美夜ちゃんが怪我をしないよう庇ったんだし。それにあいつは確かまだ若かったはずだ。老け顔なだけで。
美夜ちゃんと野郎供へと近寄る間に美夜ちゃんは履いていたものを脱いでから今度こそ立ち上がり、庇ってくれた兵らにお礼と謝罪を言っていた。さっきニヤついたやつはさりげなく頭を触ってまたニヤついていた。見ちゃならねぇもんを見た気分だ。それともそんなに女に飢えてるってことなのか?
「えーと、それで? 何やってんだよ」
ニヤける兵から眼を逸らし、美夜ちゃんと、抱き合っていた兵へと視線を向けると美夜ちゃんは屈んで足元のものを持ち上げて見せてきた。
「これ履いて歩く練習してたの」
「一枚歯の下駄?」
これはまたなんで美夜ちゃんがそんなものを持ってるのかと思ったら物置部屋から見つけたらしい。言われてみれば下駄の鼻緒は色褪せているし全体を見てもだいぶ傷んでいる。
下駄を見たことで、抱き合っていた理由というか原因というか、は分かった。だが俺が声を掛けただけで梵と間違え土下座までしたってことはこいつは少なからず謝る必要のあることを思っていたってことなんだろう。
「今回は黙っといてやるけど、気をつけろよ」
「へ、へいっ! ありがとうごぜぇやす!」
ペコペコと頭を下げる兵を不思議そうに見ている美夜ちゃんはある意味罪作りなんじゃなかろうか。だってこいつ、梵の怒りからは逃れられても美夜ちゃん信者とも言える兵達から殺気向けられてるし。この後美夜ちゃんが居なくなったらぼっこぼこにされること確実だな。まあそれが分かったから黙っといてやることにしたんだけど。同僚達からの制裁に加えて梵からも、なんてことになったら可哀想過ぎるからな。
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