この蒼い空の下で 参
□桜
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「ねぇ、政宗って酔うことあるの?」
「最近は無ぇな。気になるのか?」
「そりゃあ。泣き上戸とかだったら面白いし」
「お前は俺に何を期待してる」
ふにっと頬を摘ままれた。別に思うくらい良いのに。だいたい政宗がいつもかっこいいのが悪い。仕事をしてる時はや鍛練中はもちろん、ただお茶を飲んでいるだけでも様になっている。顔が良いからってだけでなく、一つ一つの仕草自体がまず違うんだと思う。何て言うのか、品の良さと粗野さがうまい具合に混ざりあって独特の雰囲気を作り出しているというか、そんな感じ。そしてそれは政宗しか出せない雰囲気で、政宗だからこそ出せるものだと思う。総合すると、
「政宗ってずるい」
「いきなり…」
「?」
ふいに言葉途切れさせた政宗の視線が私の後ろへと向いた。何だろうと振り向こうとしたその瞬間、
「姫さんすいやせん!!」
「んむっ?!」
突然の謝罪とともに顔の半分近くを湿った布で塞がれた。びっくりしたのも束の間、布を湿らせているのが何なのかを理解するよりも先に吸い込んでしまった匂いのせいであっという間に意識がふわふわと頼りないものになってしまう。
「成実か」
ぼんやりする私を引き寄せながら政宗は私の背後を睨んだ。直ぐにすいやせんすいやせんと何度も謝罪の声が聞こえてくる。後ろを見ればリーゼントが崩れるのも構わず一人の兵士さんが土下座をしていた。
「俺は賭けに負けただけで悪気なんて全く無いんす! 満開の桜の下で姫さんと筆頭がいちゃいちゃしたらきっと絵になるだろうなぁなんてちょっとしか思ってないっす!」
無意識に投下された爆弾発言に、政宗が頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。それから大きくため息を一つはき、
「どうせ考えたのは成実だろ。次は無いと伝えておけ」
そう言ってもう行けと政宗に手で示された兵士さんは、怒られなかったことにかホッとした顔になってすいやせんと頭を下げながらそそくさと戻っていった。
「いちゃいちゃなんてしないのに」
「っ、言葉と行動を合わせろ……っ」
「?」
どういうことだろうと思うもなんだかうまく思考が纏まらないからまあいいかと思い直し、政宗に抱き付きまた胸元に顔を埋めた。
政宗の匂いって大好き。この匂いだけでホッする。ここに政宗の体温が加わるともっと良くて、さらにぎゅっと抱き締められるとこれ以上は無いくらい最高の場所になる。
「ねぇ政宗」
「なんだ」
「ぎゅってして?」
「っ!」
なぜかこちらを見ようとしない政宗が、私のお願いに一瞬だけこっちを見て、また直ぐに顔ごと逸らした。動揺していたように見えたのは気のせい?
「だめ?」
背中に回していた手で着物をくいっと引っ張ったら政宗が小さな声で「Shit!」と言うのが聞こえた。だめなのかなと悲しい気持ちになりかけたけれど、小さく息を吐いた後、政宗は私のお願いどおりにぎゅっと抱き締めてくれた。
「これで良いのか?」
「うん!」
嬉しくなって私からもぎゅっと抱き着いた後、体の力を抜いて政宗にもたれ掛かるように胸元に顔を寄せた。
やっぱり、最高。大好きなものに囲まれているから最高なのは当たり前だけど、このすっぽりと収まってる感も良い。ずーっと居たいくらいの心地良さ。
「しあわせ」
政宗を見上げながらへにゃっと笑ったら、なぜか政宗は怖い顔になった。
「政宗は違うの?」
「……文句なら成実に言えよ。あんな顔で幸せだと言われて我慢出来るか」
「あ……」
苛立っているような声でそう吐き捨てた政宗の手がうなじに回され、少し乱暴に唇を塞がれた。角度を変えて何度もされるキスに、ただでさえふわふわしていた思考がさらに乱れていく。
「っ!」
突然、キスを止めた政宗が勢いよく後ろを振り向いた。そしてしばらくするとマジかよと片手で顔を覆った。
「あいつら……っ。なんで今日に限ってどいつもこいつも気の使い方がおかしいんだよ! 理性が保てなくなったらどうする気だ!」
「?」
苛立ちと多少の焦りを含んだ政宗の台詞の意味が、静かにかつ迅速に後片付けをして私と政宗を残して帰っていったみんなに対して向けられたものだと知ったのはだいぶ後。この時の私は政宗の胸に顔を埋めながら、政宗の履く濃紺の袴を見て政宗と夜桜見たいな、でもまたキスされちゃうのかな、なんてことを思って一人で赤くなっていた。
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