この蒼い空の下で 弐

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―――――

「………………」


文机の上に置かれた半紙を持ち上げ、どこかに宛て名は無いかと裏返して探してしまう。だがそんなものはいくら探そうとどこにも無い。そもそも筆や墨は仕舞われ文机の上に無いことから考えても誰かに宛てて出す予定のものでは無いだろう。となればこれはやはり俺に宛てたもの、のはず。


『探してください』


手習いを見てやっているから分かる。間違いなく大きな字で半紙いっぱいに書かれたこの書き置きは美夜の筆跡(て)だ。誰かが真似したものではない(そもそも真似する理由が無い)。

探さないでくださいや部屋への立ち入り禁止といった俺を拒む内容ではなく、俺を待っている、求めているとしか受け取れない内容の書き置き。

普段の美夜から考えてもこんな書き置きを残すとは思えない。まして昨日気絶するまでキスしたことを思えば尚更だ。

いったいこの書き置きにはどんな意味があるのか。どんな意図で書かれたものなのか。


「……………まあいい」


文机に半紙を戻す。どんな意図があろうと関係ない。半紙に書かれていたのが別の内容だったとしても俺は俺の思うままに行動するだけだ。


それに、探してといっているのだから探してやらねぇとな。


くくっと喉の奥で笑うと、美夜が隠れそうな場所を幾つか思い浮かべる。夏に比べ冬の今は美夜が隠れる場所は限られる。外套一枚でも寒さが凌げる場所、もしくは火鉢等があり温かい場所のどちらかになる。必然的に陽も当たらなければ火鉢も無い物置部屋や陽当たりの悪い空き部屋は除外出来る。

一番の候補は一番火を使う厨か、火鉢のある侍女達の休憩部屋や針子達の仕事部屋だ。この城で働く者達は皆、美夜がどこかに隠れるところを目撃したり自分達と話に興じる時は美夜にバレないよう密かに俺に美夜の居場所を伝えてくれるのが今のところそうした連絡は一切無い。

そしてここへ来る途中で会った美夜付きの侍女からは美夜は朝から部屋に閉じ籠ったままだと聞いている。となれば、居るのは――。


「ここ、だな」


続き部屋とを仕切る襖を開ける。そこには美夜が纏う衣装や小物類を仕舞う唐櫃や行李が幾つか置かれているだけの部屋で、それらを出し入れする時以外は人が立ち入ることはまず無いはずの場所。にも関わらず、一番大きな衣装櫃の側には中で墨が赤々と燃えている火鉢が置かれ、さらには衣装櫃の蓋が僅かに横にずらされていた。床には火鉢を引きずったらしき後がうっすらとある。侍女が移動させたなら二、三人掛かりで持ち上げて行ったはずだ。

どうやら『探してください』という書き置きはそのままの意味だったらしい。

恋心を自覚したりキスをしたことで美夜の中でも何か変化があったのかもしれない。

美夜は極度の恥ずかしがり屋だから、昨日のことでとにかく俺から逃げることを考えさらには警戒も強めるだろうから今後は強引にいかねぇと触れる程度のキスでさえ難しいかもしれないと思っていたが、その予想はいい意味で裏切られそうだ。

隠せない嬉しさに笑みを浮かべながら衣装櫃へと近寄っていく。近寄るにつれ他の衣装櫃や行李の影に一番大きな衣装櫃に入っていただろう衣装が隠すように置かれているのに気付いた。これでもう間違いは無い。

あの一番大きな衣装櫃の中に美夜は居る。


「美夜、見付けたぜ?」


思った通り、蓋をずらし覗き見た衣装櫃の中に美夜は居た。底に敷いた布団に包まれるようにして、すやすやと気持ち良さそうに眠っていた。


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