この蒼い空の下で 弐

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何があったんだろう。冗談めかしていたけれど、政宗の声は震えていたように思う。声を出さずに泣いている気がする。昔の話をしてくれた時だって泣くことの無かった政宗が、泣いている。でも、悲しんでいるようには感じない。苦しいほどに強く私を抱き締める腕からは、強い安堵と喜びだけが伝わってくる。

それほどに心配を掛けてしまうようなことをしてしまった? いつもと同じように寝て起きたと思っていたけれど、違う?

昨日のことを思い出そうとすると不思議なことに何日も前のことのように記憶が遠くて中々手繰り寄せることが出来ない。なのにぐっすり寝た時みたいに頭はすっきりしている。……もしかして、何日も寝ていた、とか?

そんなわけ、ないか。

今の私の体はどんな怪我も一晩で治っちゃう変な状態。何日も寝たままなんて、そんなことになるわけが無い……。

政宗に、ずっと側に居ても良いって言ってもらえたけれど、こんな体のままで本当に居ても良いのかな。

そこまで考えて、ふと疑問を感じた。政宗の側に居たいという願いを政宗が許してくれたと、思い出す必要も無く自然に思った。でも、政宗はいつ許してくれたんだろう。

いつ、政宗に、政宗の側に居たいって、お願いしたんだっけ?


「えっと」

「美夜?」


無意識に声に出したことで、それまでずっと私の肩口に顔を埋めるようにしていた政宗が顔を上げた。政宗の後ろに明かりがあるために影が濃く、政宗の眼が赤いかどうかは分からない。


「大丈夫?」


腕の力が緩んだおかげで自由に動かせるようになった手を政宗の頬に伸ばす。でも、触れる前に政宗の手に掴まれ、手のひらにキスをされた。まるでそうするのが当たり前と感じるほど自然な仕草だったせいで、何をされたのか理解するのが遅れた。


「やっと目覚めたのに、このままじゃ風邪引いちまうな」


足元にあった布団に包まれ、横向きに抱き上げられて運ばれるところでようやく理解して、キスされた手を胸元に抱き寄せると体も丸めた。顔が熱い。手のひらも熱い。

たぶん、政宗のことだから泣いていたのかどうかを確かめられないようにと私の気を逸らすためにしたんだろうけれど、もっと別の、心臓に優しいやり方でしてほしい。これじゃあ心臓が幾つあっても足りない。


「政宗の馬鹿っ」

「変わらねぇな」


せめてもと、ぼそっと言った言葉に返してきた政宗の声にはさっき強く抱き締めてきた時と同じように安堵と嬉しさとが混ざっていた。

そうだった。政宗のせいで忘れてしまっていたけれど、政宗の様子がおかしかったんだった。昨日、何があったのか思い出さないと。


「寒くねぇか?」

「え、あ、うん。だいじょう、ぶ…」

―ぐぐぅうぅぅ


声に重なって聞こえた重低音に、私を敷き布団の上に降ろろうとしていた政宗の動きが止まった。政宗の視線が私のお腹に向いている気がする。何とかごまかせないかなとそぉっとお腹を押さえようとした私を嘲笑うようにまた、聞こえた。さっきよりも長く、しかも大きな音で。


「くっ」

「わ、笑わないでよ!」

「sorry. けど、くくっ」


肩を揺らして笑うから、私の恥ずかしさは増す一方。なのにお腹は私の気持ちを分かってくれずぐうぐうと何度も鳴るから政宗の笑いは中々収まらない。


「笑うなー! 朝ご飯まだ何だからお腹減ってても仕方ないじゃない!」

「そうだな。腹が減るってことは元気になった証拠だ」

「そう! 元気になった証拠、え、証拠?」

「ちょっと待ってろ。何か作ってきてやる」


ようやく笑いを収めた政宗は、私の頭にぽんと手を起いたあと軽く手櫛で乱れた髪を直してくれてから立ち上がった。


「あ、待って」

「美夜、今は夕方だ」

「え……」

「聞きたいこともあるだろうが、あとでちゃんと話す。だからそれまでは何に気付いても不安がる必要も怖がる必要も無ぇ。安心して待ってろ」


私を見る政宗の眼は強くて優しくて、自然に「うん」と頷いていた。


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