この蒼い空の下で 弐

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時おり炭がはぜる音と、微かな寝息だけが聞こえる部屋で、じっとその時を待つ。昼をだいぶ過ぎた頃に一度だけ、美夜は寝返りを打った。

侍女達によって髪や体を清められている時ですら身動ぎ一つしなかった美夜が見せた動き。もうすぐなのだと誰もが感じた。だが今美夜の側には俺しか居ない。小十郎が呼びに来ることも、侍女が美夜の世話をしに来ることも無い。気を利かせてくれたのだろう。

あいつらだって美夜が目覚める時を心待ちにしていただろうにその心遣いが有り難い。そしてそんな配慮をしてくれる者達だからこそ、美夜が目覚めたことを早く伝えてやりたいとも思う。


「まだ起きねぇのか?」


軽口に似せた声音で呼び掛け、そっと頬に指を添わせる。くすぐったかったのか、寝返りを打って以降初めて身動いだ。


「美夜?」


期待を抱きながら身を乗り出し、身動いだ時に顔を隠してしまった美夜の髪をそっと掻き上げ、もう一度呼び掛ける。今度は「んぅん」と小さく唸る声が聞こえ、さらに顔を布団へと押し付けた。まるでまだ寝たいと駄々をこねる仕草に見えて、安堵すると同時に仕方ないなという気持ちにもなって、そのおかげか普段の調子も戻ってくる。


「美夜、そろそろ起きろ。じゃねぇと、襲うぜ?」


わざと低くした声で囁くと、パチッと美夜は眼を覚ました。丸く大きな眼が間近で見詰める俺を捉える。しばらくパチパチと瞬きを繰り返した美夜は一気に顔を赤くし、意味をなさない声を上げると俺が居るのとは逆側にごろごろと転がって逃げていった。布団をも巻き込みながら転がったために手足の自由が無くなり、慌てふためきながらもなおも逃げようとする姿にいつもの美夜だ、と安堵した。

眼の奥から熱いものが込み上げてくるのを瞬きで押し隠し、立ち上がると体に巻き付く布団と格闘している美夜の元まで行き変わりに布団をはがしてやり、逃げ出す前にその体を強く抱き締めた。


「わぁー! 離せ馬鹿っ! 小十郎さんに言い付けわよ!」


頬だけでなく耳も首も真っ赤にして、それでも必死に逃げようともがき続ける。


「襲わねぇから落ち着け。今はこうして抱き締めていたいだけだ」


落ち着かせるためにも静かな声音で言い、抱き締める以外には何もしないでいると少ししてから美夜はもがくのを止め、少しだけだからね! と言って抵抗するのを止めた。横目で見た耳も首も赤く、聞こえる鼓動は大丈夫なのかと思うほど早い。

反応も仕草も、声も温もりも。何も変わっていない。美夜は美夜のまま、眼を覚ました。


「美夜……ッ」

「政宗? ……泣いてる、の?」

「さあな。泣いてるかもしれねぇな」


口調だけは冗談めかして、この世界で生きていくために必要なものを全て得ることの出来た美夜を抱く力を強くした。


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