この蒼い空の下で 弐

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美夜の魂を体に移し終えた翌日、つまり極度の疲労から倒れるように眠った俺が起きてから一晩経った日の昼過ぎに事件が起きた。


「梵」


侍女達が美夜の体を清め着替えも行うということで、終わるまでの暇潰しも兼ねて体を動かす目的で鍛練場に向かう途中でどこか怯えた様子の、だがなぜか笑いを堪えているようにも見える成実に呼び止められた。


「ちょっと良いか?」


そう言いながらも俺の返事を聞く前に先に立って歩き出した成実の後ろ姿からも怯えと笑いを堪えているようなのが伝わり、もしや頭を打つかしたのかと心配になってきた。普段はアレだが戦場やいざという時には頼りになる男なのだ。イカレてしまっては困る。

無理矢理にでも医師に診せるべきかと思案するうちに成実の足が止まった。そこは俺の部屋の前で、イカレたこいつを誰かに見られては事だとさっさと中に入った。そしてどうしたんだと問い質そうと振り向くと、成実は閉めた戸を背に土下座していた。


「…………おい」

「まさかあんなことになるなんて思わなかったんだ」

「Ah?」

「あいつらの誤解を解いた上でを納得させてかつ落ち着かせるにはこれしか無いと思っただけなんだ」

「何の話だ」

「悪気なんてこれっぽっちも無かったことだけは分かってくれ!」

「だから、何の話だっつってんだよ!」


脈絡の無い話に苛立ち、蹴り飛ばすぞテメェと言外に匂わせるとようやく成実は顔を上げ、何があったのかを話し出した。


「梵も兵の間で美夜ちゃんの人気が高いことは知ってるだろ?」

「ああ」

「じゃあ一部に熱狂的な信者みたいな奴等が居ることは?」

「信者?」

「いるんだよ、一部に。『姫さん最高! 姫さんこそ世界に一人の麗しの姫君!』って奴等が」


美夜が知ったら恥ずかしさで悶絶するか引きそうな文句だ。


「で? そいつらがどうしたんだよ」

「そいつらがさ、美夜ちゃんが倒れて、しかも二日も姿見せなくなったことでもしかして密かに城外に出されたんじゃないかって騒ぎかけてたんだよ」


その考えはどこからきたんだと思ったが、以前に静養のために美夜は城を離れる、としたことがあったのを思い出した。美夜が襲われ、その果てに死んだなどと信じたくなかった俺が現実から逃げるようにして美夜の不在をごまかすためにしたことだったが、当然真相を知っているのは小十郎や成実ら一部の者だけだ。


「その考えに至ったのは仕方ねぇとしても、それでなんで密かにってことになる」

「梵と美夜ちゃんて今でもよく追い掛けっこしてるだろ? だから兵の間でも美夜ちゃん病状説は下火になってきててさ、むしろとっても元気で可愛い、って睨むなよ!」

「気のせいだ、続けろ」

「気のせいじゃねぇし! まあいいや。えーと、そうそう。その元気な美夜ちゃんが倒れてもう二日も経った。詳しい病状も伝わってこない。だからあいつらは今回美夜ちゃんが倒れたのは病とは違う、顔も見せられないような事が原因なんじゃないかって思い始めたみたいなんだよ」

「病以外で顔も見せられないような事ってなんだよ」

「あ、あー、まあ、うん。なんつーの? ほら、な?」


急に歯切れの悪くなった成実に再び苛立ち始める。一発見舞った方が口も滑らかになるんじゃねぇか? などと思ったところでまさかとある考えに気付いてしまった。


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