この蒼い空の下で 弐

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ふっと意識が覚醒する。妙な音を耳が捉え、警戒しながら身を起こせば気付いた侍女達が姿勢を正すと頭を下げた。その侍女の膝元に爪を整えるための道具があるのに気付く。


「それは?」

「美夜様の爪を整えさせていただいておりました」


侍女からの返答に、はっとなり慌てて美夜の傍らに膝を突くとその手を取った。整えていた、という言葉が表す通り、美夜の手の爪は程よい長さに整えられたものとまだ長いものとがあった。そして全ての指の爪が見ている間もゆっくりと、だがそうと分かるほどの早さで伸びていた。頬にも触れれば温かく、呼吸も穏やかで規則正しい。


「順調みたいだな」


安堵し思わず口に出した言葉を聞いていた侍女達が良かったと呟くのが聞こえた。中には涙ぐんでいる者まで居る。唯一必要な知識を与えられている俺が直接確認するまでは不安だったのかもしれない。

改めて何も問題は起きていないとはっきりと伝えると侍女に場所を変わり、壁際に控えていた小十郎を視線で促すと外に出た。外は暗く、キンと冷えた風が温かい室内に慣れた体を容赦無く襲う。


「寒ぃな」

「こちらを」

「Thanx」


後から出てきた小十郎が差し出してきた羽織を受け取り袖を通す。火鉢の置かれた室内には当然劣るがある程度寒さが和らぐ。


「どれくらい寝ていた」

「半日程です」

「半日か。思ったより寝ちまったな」


とはいえ、あれだけのものを味わえばそれも仕方ないのかもしれない。世界というものが持つ、安堵と絶望とを同時に感じてしまう圧倒的な存在感と力。だが、今思い出そうとしても「とにかく凄かった」という子供の感想のような言葉しか出てこない。

自己防衛が働き忘れたというより、外部からの力によって強制的に忘れられたように感じる。恐らく、神の力とやらが働いたんだろう。正直良かったと思う。

あの感覚はいくら俺でも覚えておきたいとは思わない。人によっては人格を変貌させてしまうだろうほどのものだったのだ。俺自身、もしも覚えていたなら何も変わらずにいられる自信が無い。それほどのものだった。


「政宗様」

「なんだ」

「こちらを」


小十郎が懐から取り出したのは小袋だった。色柄に見覚えがあるなと思いながら受け取り、何気なく口を開け息を飲んだ。


「政宗様がお休みになられた後、美夜の傍らに落ちておりました。その時にはもう、その状態にございました。欠片は全て拾ってあります」


小袋の中に入っていたのは大小幾つもの破片となった、元は球体だったあの守り石だった。比較的大きな破片を取り出し、月明かりの元で見詰める。

倒れる直前、この石を握っていた手に微かな衝撃を感じた。あの衝撃は石が割れた時のものだったのだ。そして石が割れると同時に彼女はいったのだ。最後に言葉を残して。


「ありがとう、か」

「政宗様?」

「強い女性(ひと)だったな」


誰を、とは言わなくても誰のことを言ったのか伝わったらしく、小十郎は「一度お会いしてみたかったですな」と、破片となった石を見ながら呟いていた。


――知らずにいるほうが良いと思うことが多い中で、これだけは伝えたいと思うことがある。今は話せなくても、いつか。何十と歳を重ねたその先の時に。

それくらいは大目に見てくれと、このためになら神に祈ってもいいと思った。


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