この蒼い空の下で 弐

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「政宗様?」


何かあったのかと、緊張を孕んだ小十郎の声に何でも無いと首を横に降ることで答え、伸ばしたままの手を引き寄せ引き留めることの叶わなかった手を見詰めた。

勝手な人だと思った。せめて最後に一言くらい別れの言葉を言わせてくれてもいいじゃねぇか、と。だが同時に、彼女がそれをさせなかった気持ちも理解出来た。だから石を拾い上げても彼女に呼び掛けることはせず、一度だけ、ただ強く握り締めるだけに留めた。


「小十郎、方法を聞いてきた。このまま美夜が起き出す前に実行する」

「はっ。何か必要になるものは」

「無い。ただし、思った通りしばらく俺は動けなくなる。何かあれば手筈通りに動け。もしもの時はお前の判断に任せる」

「はっ」


この状況を予想していたわけではもちろん無いが、何もかもを任せることに不安も心配も抱かず、全幅の信頼を寄せられる相手が居ることに頼もしさを感じる。


「政宗様」

「An?」

「綱元も成実も、そしてこの小十郎も、政宗様の正室に美夜は相応しいと、いえ。美夜しか居らぬと思っております。必ずや無事に全てを終えられますよう」

「Ha! 言われるまでもねぇ。失敗なんざするか」


居住まいを制して告げられた言葉に、自信に満ちた笑みと声で返す。失敗なんざするわけが無い。

香の効果が切れたのか、もぞりと寝返りを打った美夜へと向き直りその頬に触れる。俺の中にいつしか芽生え育っていった美夜への想い。この想いが偽りではないことも、一日一日、共に有る日々を積み重ねていく分だけ深まっていることも俺自身が一番良く分かっている。この想いがある以上、失敗なんざ絶対に起こらない。

この場では、小十郎だけでなく近い未来に義母となる女性が見ているかもしれない場では出来ない変わりに指の背で美夜の唇に触れる。その柔らかさに勘違いして衝動ままにキスしたことを思い出し、思わず眉間にシワが寄る。

我慢の必要が無くなった時、果たして俺の理性はまともに働くのだろうか。自制を失っちまった時はどうすればいい?


「政宗様、いかがなされました。もしや何か問題が?」

「Ah? ああ、いや。何でもねェ」


まさか今の状況で己の理性について考えていたなどと言えるはずもなく、首を横に振ることで同時に意識も切り換えた。極度の恥ずかしがり屋な上にかなり鈍い美夜にどう自覚させるかの方が先なのだ。理性云々はそれからでも遅くないだろう。

何より今はこれから行うことへ意識を集中させなければならない。


「小十郎、後は任せた」

「はっ」


言葉短に伝えると、眼を閉じ握り締めた石に意識を集中させた。


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