この蒼い空の下で 弐

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「美夜? Hey、美夜! っ!」


政宗の肩を強く押して膝から降り、引き留めようと私の手首を掴んだ政宗の手に強く噛み付いて怯んだ隙にその場から逃げた。

言わなければよかった。我慢して、我慢して、叶わなくても大丈夫だって言い聞かせていれば。そしたらきっとこんなに苦しくなることも無かったのに。


「美夜!」

「いやっ」


後ろから手を引かれ、反射的に振り払おうとしたけれど手首を掴む力が強くて敵わない。腕に噛み付いても今度は離してくれないどころか力が緩むことも無い。これ以上聞きたくないことを聞かされないうちにどこかに行ってしまいたいのに、政宗はそれすら許してくれない。お願い、離してと泣きながら懇願していたら頭上で政宗が大きな溜め息をはいた。ビクリと体が跳ねる。


「お前、勘違いしてるだろ」


どこか疲れた様子の声に思わず顔を上げてしまう。涙で視界がぼやけていても政宗が声だけでなく表情までもが疲れ、そして呆れきった顔をしているのが分かった。


「美夜。お前、俺がお前の口を塞いだのはお前の願いをそれ以上聞きたくないからだと思ってるだろ」

「ちがうの?」

「違う。その逆だ」

「逆?」


聞きたくない、の反対は聞きたい、のはず。だけど政宗は私の口を塞いだ。口を塞がれたら喋ることが出来ない。喋れなければ言えない。言わなければ聞けない。なのに、逆? 訳が分からなくて首を傾げたら政宗は決まり悪げにがりがりと頭を掻いた。


「お前から俺とずっと一緒に居たいって台詞を聞けてあまりの嬉しさに我慢出来なくなったんだよ」


我慢? なんの? 気になったけれど、それよりももっと気になった言葉があった。


「嬉しい?」


恐る恐る聞けば政宗は決まり悪げな顔から一辺して優しい、そして本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ああ。俺の側にずっと居たいと言われて嬉しかった」

「じ、じゃあ、」

「ここに居ろ。元より俺はお前を手離す気なんてねえんだよ」


捕まれたままだった手を引かれ、政宗の体にぶつかるようにきつく抱き締められた。言葉だけでなく態度でも現そうとしているように感じて、今度は嬉しさと安堵の涙が滲んでくる。

頭の片隅でどれだけ泣けば気がすむのと呆れる自分がいる。だけど今度は嬉し涙だからと言い訳をして、今だけはとちょっとだけ大胆になって政宗の体に腕を回してその胸に顔を埋めた。

抱き締める腕の強さと全身で感じる体温、体を包むにおい。政宗を感じている。これからも感じられる。そう思えば嬉しい気持ちは膨らんで、ちょっとだけのつもりだったのに気付けばぎゅうっと強く抱き着いていた。

からかわれる前に、誰かに見られてしまう前に離れなきゃとは思うけれど、人の声が聞こえたりはしてないから、政宗がからかってきそうな気配は無いからまだ大丈夫。なんて言い訳をしていたらふいに政宗が上体を起こした。

釣られるように私も顔を上げたらそっと頬に触れられた。泣いた跡を労るように動く指先は優しいのに、私を見つめる眼は熱くてくらくらしてしまいそう。

「あ、の、」

「どうした?」

「あの……え、と……何でも、ない」


そんな眼で見ないでと言いたかったけれど、もしどんな眼だと聞かれたらと思ったら言えなかった。視線が熱い、なんて、なんだか含みがあるように聞こえて恥ずかしい。だから言えないのならせめてもと視線から逃れるようにぎゅっと眼を閉じて俯き気味でいたら政宗が小さく息を吐いた。

どうしたんだろうとそろりと視線だけで見た政宗の眼にはさっきとは違う、私の知らない種類の(さっきのもだけど)どこか怖いと思ってしまう類いの熱がちらついていた。


「まさ、むね?」

「文句なら後でいくらでも聞く。その代わり、今は俺の好きにさせろ」

「なに、するの?」


思わず一歩後退ろうとした体が、痛い程の力で抱きすくめられた。自然背が仰け反り、それでも足りないとばかりに顎を掬われる。


「噛むなよ。息も止めるな」

「え?」

「何も考えずにただ眼を閉じて俺に身を委ねてろ」


変わらず眼には怖いと感じてしまう熱をちらつかせて、でも声音は優しくて。不安が消えたわけじゃない。怖いと感じている部分もある。だけど、


「変なこと、しないでね?」


セクハラや意地悪をしてくる時と態度や様子が全く違うから、きっと大丈夫だと言い聞かせて、不安や少しの恐怖をなだめて政宗に言われた通りに眼を閉じた。


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