この蒼い空の下で 弐

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「何が分かったんだ?」


折れた筆の変わりに新しいものを用意しながら聞くと、綱元は美夜の態度が変わらない理由が分かったのだと言った。思わず筆を出していた手が止まる。


「いくら美夜さんでも本当にそこまで気付かないものだろうかと思いそれとなく探りを入れてみたのです」

「それで、どんな理由だったんだ」

「『似ている』だけで『同じ』じゃないから『違う』のだそうです」


言葉は少なかったが美夜の隣で前田との会話の全てを聞いていた俺にはそれだけで分かってしまった。前のめりになっていた体を戻し、片手で顔を覆う。

美夜らしいとも言えなくもないがどういう思考をしているだとも思った。おかげで苛立ちを抑えるのが遅れて折れた筆の本数が一本増えてしまった。


「どこが朗報だよ」

「美夜さんがその考えに至った理由が朗報なのですよ。特に殿にとっては」


ピクリと反応してしまった自分を戒めた。過剰に期待するな。期待した分だけその反動は大きいと身を持って知ったばかりだろう、と。


「あいつはなんて言ってたんだ」


期待するなと戒めても完全には上手くいかないまま聞くと、綱元は微笑ましげに笑んだ。


「殿と一緒に居たり、触れたり、触れられたりするとドキドキするそうですが、ドキドキし過ぎてうまく息が吸えなくなったりと苦しくもなって、時には眼を回してしまうのだそうです。そこが『似ている』けれど『同じ』じゃない、という考えに至った理由なのだそうですよ」

「・・・・・・・」


なんだ、それは。ようはそれだけ俺のことを意識しているってことなんじゃねぇか。意識っつーか、この場合に相当する言葉は・・・。


「朗報で正しかったでしょう?」

「あー、まあ、そう、だな」


喜びを抑えきれずに笑んでしまったところをはっきりと綱元に見られてしまい、ばつの悪さから顔が僅かに熱くなってしまうのが抑えられなかった。片手で顔を覆いさらに綱元から顔を背けても、綱元の浮かべた笑みを見てしまった後ではあまり効果は無かった。

綱元が去っても立ち直るのに多少時間が掛かったが、ようやく顔の赤みも気分も戻り、今度は筆を折ることなく執務に取り組めると文机に向き直る。何本目かの新しい筆に墨を含ませ、そして自分の愚かさに気付いて項垂れた。

分かったのは美夜の俺への態度が未だに変わらない理由であって、どうすればあいつに自覚させられるのかその方法が分かったわけでは無かったというのに。美夜の俺への想いの深さや強さを知ることが出来たことに喜ぶことで満足してしまっていた。

俺としたことが。それもこれも信じられねぇくらい鈍いくせして俺を呆れさせる以上に喜ばせる美夜が悪い。


「責任は取ってもらわねぇとな」


浮かべた笑みが美夜が怯えながらも真っ赤になるという器用な類いのものだと意識することなく幾本かの折れた筆と未処理の書類だけを残して美夜の部屋への向かった。


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