この蒼い空の下で 弐

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おかしい。いったいこれはどういうことなんだ?

箸から滑り落ち、膝に当たって床に転がった漬け物を素早く拾って口に放り込み咀嚼する美夜をまじまじと見る。勘違いした美夜が「さ、三秒ルールだもん!」と訳の分からないことを言ってきたが適当に流した。

その後も食事を続けながらも注意深く美夜の様子を観察するが、以前よりも俺を意識しているような素振りを見せることはあっても俺の期待がそう思わせているのかもしれないと思えるほどにささやかな変化しか見受けられなかった。だからこそおかしかった。

美夜が前田から恋についてを聞いたのが三日前。普段恋だのなんだのと言っているだけあって前田の言葉は鈍い美夜には最適と思える上手い言い回しだった。

タイミングを見計らって美夜の手を握ったこともあり、その後の美夜が俺のことを意識しているのは表情やギクシャクした態度から簡単に察せられた。これで我慢する必要は無くなるし一気に前進もする。そう思った。

その思いが無惨に散ったのは早くもその翌日だった。見送った後、逃げるように小走りに先に部屋に戻り、その日はずっと部屋に閉じ籠っていたにも関わらず、美夜の態度は前田の話を聞く前とほとんど変わっていなかったのだ。

自分の中にある感情を自覚して、俺のことを意識して顔を会わせるだけで真っ赤になったりといった良い方に転ぶか、もしくはもう元の世界には帰れないことを美夜は知らないからいつかは別れることになった時辛くないよう俺から距離を取ろうとするといった悪い方に転ぶかのどちらかの可能性が高いと思っていた。全く思わなかったわけでは無いがいくら美夜でもそこまで鈍くは無いだろうと楽観してしまっていた。

そのまさかになるなどいったい誰が予想出来たのか。ここまで鈍いといっそ清々しいと思うべきかいくら何でも鈍すぎるだろうと憤っても良いのか。本気で悩み掛けたのはここだけの話だ。

小十郎らも、前田が良い働きをしたとだけだが伝えていたこともあり態度も様子も変わらない美夜を見てどういうことなのかと眉間にシワを寄せていた。(成実の阿呆だけは前田の働きは俺の欲求不満が見せた夢だったんじゃねぇのとほざきやがったが。もちろんその後『鍛練』の相手をさせた。)

度を越えて鈍い女相手にいったいどうすれば良いというのか。いっそのこと告白して帰す気は無いと言おうかとも思ったが、美夜がこの世界で生きていくためには美夜自身がその覚悟を決める必要があるため実行することは出来なかった。諦めるにしても美夜自身が考え悩んだ末に決めたことでなければ元の世界への未練が残ってしまう可能性が高いだろう。

そうして何の手立ても浮かばないまま気付けば三日経っていたというわけだ。そろそろ本気で頭を抱えたくなりそうな気がする。初めて本気で惚れた女が信じられねぇくらい鈍いなんていったい何の試練なんだ。


「殿、失礼致します。朗報とも言える事が分かりましたよ」


そう言って綱元が俺の部屋を訪れたのは、昼食後に始めた執務中、無意識の内に力を入れてしまうせいで折れた筆が四本目を数えた頃だった。


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