この蒼い空の下で 弐
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「旦那、そろそろ」
「そうだな。では、これで失礼させて頂くでござる」
佐助に促された幸村は再び頭を下げてから馬に跨がった。馬首を返し甲斐へと帰って行く幸村にバイバイと手を振ると、半身を捻って振り向いた幸村は最初は不思議そうに首を傾げたけれどぎこちないながらも私の真似をして手を振り返してくれた。佐助も一度だけひらりと手を振った。そうしてだんだんと幸村と佐助の姿は小さくなっていって、やがては見えなくなった。
「また会えるかな」
「会えるだろ」
「だと良いな」
お館様とも約束をしているから元の世界に帰る前にもう一度だけでも甲斐へ遊びに行きたい。行けたら良いな。帰るまでに楽しい思い出をたくさん作りたい。そしたら帰った時に寂しくなっても思い出がその寂しさから助けてくれると思うから。だから、
「政宗」
「なんだ」
「雪景色見に連れて行ってくれる約束、絶対に忘れないでね?」
「お前との約束なら忘れねぇって言っただろ」
微笑した政宗に軽く折り曲げた指の背でこつんと額を小突かれた。傷みは無いけれどわざと痛いんだけどと言って額を押さえてみたらニヤリと笑った政宗に見せてみろと言われて額を押さえていた手を退けられ、さらに前髪を上げられたと思ったら額にキスされた。
「まだ痛いか?」
ニヤニヤと笑われながら聞かれて反撃に出たいけれどキスされた部分は熱いし『政宗にキスされた』という繋がりからせっかく頭の奥に追いやれていた昨日のことまで鮮明に思い出してしまって恥ずかしさに頭の中がぐるぐるしてきてまともに喋ることが出来ない。
「まだ痛むのか。なら」
「っ!」
また額にキスされた。しかも今度はそれで終わらなかった。こめかみやぎゅっと閉じた瞼、頬にと顔中にキスされて恥ずかしいなんて言葉じゃ足りなくなる。昨日みたいに唇の端に、いつもと違う感じのをされたらどうしよう。
あんなキスをされたら頭はパーンてなって心臓はぎゅぅーってなるし目眩までしてきちゃうし政宗の顔を見たり声を聞くだけでドキドキしてきて『わー!』って叫びたいような気分になっちゃって私の顔を政宗に見られるのも嫌だから(だってどんな顔してるか分かんないんだもん)あんなキスはされたくない。でも、ちょっとだけなら・・・
「ちっ、ほぅわぁっ!」
私ってばなんてこと思っちゃってるんだ! 今のは違う! 無し! と叫ぼうと眼を開けたらものすごい至近距離に政宗の顔。それだけでも十分心臓に悪いのに政宗の手が私の腰と顎にあって、私のお馬鹿な頭はまるでこれからキスするみたいな格好だと思っちゃったからもう駄目だった。なのに今回は更なる攻撃まであった。
「美夜と独眼竜は本当に仲良しだよな」
「いちゃつくなら他所でやってほしいけどな」
声量を抑えてはいたけれど嬉しそうな慶次な声と舌打ちしそうなほどにうんざりといった感じの成実さんの声が聞こえてきた。思わず声が聞こえた方を見てしまって、離れたところからこっちを見ながらこそこそと喋っている成実さんと慶次の姿を見つけてしまった。
政宗にキスされたりされそうになっていた所を二人に見られていたという事実に一瞬にしてパニックに陥った頭では幸村達を見送った後だったことや見送りには慶次と成実さんも来ていたことを思い出すことが出来なかった。『二人に見られていた』という事実だけが頭の中をぐるぐる回る。
見られた。キスを。見られた。見られた。見られた!
顔中に残る感触と、今まさに体中で感じている政宗の温もりや腕の力が火種となって頭の中で特大の花火が盛大に弾けた。
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