この蒼い空の下で

□02
2ページ/8ページ


――――――

「うぇ……」

どうしよ、吐きそう。

たぶん、普通に歩いていればそれほどでも無かったのだろうけど、私を担ぐイケメン男性が足場の悪さをものともせずに走りだしたせいでちょっとの振動でも腹部にそれなりの圧迫が掛かって苦しい。喉元に何かが競り上がってくるのも時間の問題な気がする。

口許を手で押さえながらチラリとイケメン男性の襟を見る。もし競り上がってきたらあの襟を引っ張って顔を突っ込んで出してやろう。か弱い女の子が軽装で、しかも知らない間に森の中に居たのに助けるどころか持ち物奪って拉致する最低な奴にはお似合いの仕返しだ。

気持ち悪さのせいで教えてもらう途中だった『おうしゅう』のことなどすっかり頭から抜け落ち、ただただ吐き気と戦っていたらイケメン男性が急に立ち止まった。

「うぐっ!」

走っていたところをいきなりだったせいでこれまでで最大の圧迫がお腹を襲い、冗談でなく戻しそうになった。口の中がちょっぴり酸っぱい。涙目でイケメン男性を睨んだら、走っていただけのはずが顔色が悪い。吐くなら私を担いでいるのとは逆側を向いてくれ。

「こ、小十郎……」
「政宗様、なぜこのような場所におられるのですか? 執務はどうなされました。その娘は一体何者です。どうなさるおつもりですか」
「い、一度にそんな幾つも聞くな。Ahー……ほら、あれだ。何聞かれたら分からなく…」
「政宗様!」

空気がびりびりと振動するほどの圧を持った声で名を呼ばれたイケメン男性改めまさむねさんは決まり悪げに横を向いた。その様子に男性はため息を吐くも諦めたのかそれともひとまず置いておくことにしたのか、背中に感じていた、息をすることすらはばかられるほどの威圧感が和らいだ。

まさむねさんを黙らせてしまう人。しかも怒りながらも私のことを気に掛けてくれた。この人ならもしかしたら。これでやっと助かる。家にも帰れる! と期待満々に振り向いた先にいた人物を見た瞬間にカッと眼が開いた。

「や、やく…っ」
「An? どうした」

慌てて手で口を押さえ言い掛けた言葉を封じた私を不思議そうに見てくるまさむねさんになんでもないと首を振ってごまかすと視線を元に戻した。深呼吸を何度かして心を落ち着かせてからもう一度、今度はそぉっと振り向いた。見間違いじゃなかった。

そこに居たのは左頬に横に走る傷跡のある、襟まである髪をオールバッグにした強面の男性だった。

引っ掻き傷にも土汚れにも見えなければ昨日今日付いたものでもなさそうな傷痕。視線を下に向ければ腰には二振りの刀。

間違いない。この人、絶対アレだ。ヤの付くご職業の御方だ。一般人は絶対に関わっちゃいけない御方だよ!

なんでこんな人と関わっちゃってるのと半泣きになりながらまさむねさんをこっそり睨むうちに、ある恐ろしいことに気付いてしまった。

まさむねさんはヤの御方のことを『こじゅうろう』と呼び捨てにしていて、口調も砕けていた。

対してヤの御方は『まさむね様』と敬称を付けて呼び、怒っていた時ですら敬語を使っていた。

つまり、まさむねさんがこじゅうろうさんの部下なんじゃなくて、こじゅうろうさんがまさむねさんの部下ということになる。

「ど、どうしよう」

さぁっと血の気が引いていく。こじゅうろうさん、いやこじゅうろう様はあの迫力から絶対に幹部クラスの人だ。そんな人から様付けで呼ばれ敬語を使われているってことはまさむね様はそこらのちょっとやんちゃな男子でもなければ暴走族のリーダーなんてものでも無い、きっとヤのお家の若様だ。そんな御方に私は一体何をした?

思い返せば返すほど、拉致されるのも当然な気がしてきてしまう。あの場で始末されたり犯されなかっただけラッキーだったのかもしれない。

どうしよう。謝れば許してもらえるかな。謝って謝って謝って、土下座でも何でもして許してもらえるまでひたすらに謝ればもしかしたら。ヤの御方達だって仁義とかあるって言うし!

マンガやドラマの影響をたっぷり受けた考えで自分自身を励まし、グッと拳を握ったらいつの間にか少し離れたところにあの忍者のコスプレをした人が居た。そうだ、この人が居た!

忍者コスの人が居るならヤが職業の人のコスプレをする人がいてもおかしくない! アニメとかゲームとか何かの作品に出てるキャラのコスプレをしてるだけだ。あの頬の傷も実は特殊メイクで作った偽物だ!


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ