この蒼い空の下で

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静かに、大人しく。静かに、大人しく。

心の中で繰り返し唱えながら、私を抱える人の機嫌を少しでも損ねてしまうことがないよう呼吸にすら気を付ける。

どうしてこんなことになっちゃっただろうと、いろいろなことが次々と起こり過ぎてもう何時間と経っているかのように感じる少し前の出来事を思い返す。


―――――――――


「あの……こ、ここ、何処、ですか?」

「奥州だ」

恐る恐る聞いた私を、面白がりながらもどことなく探るような眼でじっと見ながら男性は答えてくれた。その声は真剣そのもので、冗談を言っているようには全く見えない。

「おう、しゅう?」

「知らねぇか?」

「……ヨ、ヨーロッパ、なら…」

「Ah?」

「な、何でも無いです! 知りません分かりません!」

ふざけたと思われてしまったら何をされるか分からないと慌ててごまかし無駄に背筋をピシッと延ばして答える。

「知らない、な」

「え?」

「何でもねぇよ。知らねぇなら教えてやる」

何かを呟いた男性は、気にする私に構うことなく足元の落ち葉を払い除け、現れた地面に枝で何かを描き始めた。最初に『く』の字に似た、途中が少しだけ曲がった下側が長めの楕円を、次にその楕円の下側の端に丸を一つ、丸の近くの楕円の側面にもやや横長の丸を一つ。

だいぶ簡略化してあるし、北海道と沖縄が描かれてないけどたぶん日本地図だろう。

「かなり簡単に描いたがこれがここ、日ノ本だ。分かるか?」

「日ノ本…」

「なんだ」

「な、何でもないです! 日本分かります!」

ずいぶんと古くさい言い方するなぁなんて思ってました、なんて怒らせてしまいそうなことを正直に言えるはずもなく、慌ててごまかした。男性は探るような視線を向けてきたもののそれ以上の追及はせず、「奥州は、」と続けた時だった。

「筆頭」
「ぎゃあっ!」

男性が枝の先で地図の一ヶ所を示めそうとしたその瞬間、横手から突然知らない男性の声がして、飛び上がりそうなほどに驚いた。

バクバク暴れる心臓を手で押さえつつ見れば、全身黒ずくめで顔以外頭すら隠すというこれぞ忍者なコスプレをした人が居た。体つきから恐らく男性だろう。チラリと私を見る眼にはこれといった感情は読み取れない。

「どうした」

いったいこの人はどこからどうやって現れたのか、そしてどうして忍者のコスプレをしているのかとまじまじと見てしまう私とは対照的に、イケメン男性は驚く様子を全く見せることなく前から居たかのように話し掛けた。

「先程、小十郎様がお戻りになられました」
「What!? 小十郎が戻っただと!? どういうことだ! 夕方まで戻らねえはずだろう!」
「分かりません。ですがとにかくすぐにお戻りを」
「Shit!」

舌打ちをしたイケメン男性は、私と地面の上の私の持ち物を見、次いで手に持ったままのスマホをじっと見ると少しの間思案する様子を見せた。何を考えているんだろうとドキドキしながら待っているとイケメン男性は「仕方ねぇ」と呟きコスプレ男性を見た。

「ここにある物を全て集めて俺の所へ持ってこい」
「よろしいのですか?」
「ああ。小十郎の説教は勘弁したいが、」

イケメン男性は言葉を止めると私を見た。面白いおもちゃを見つけた悪い大人みたいな、Sっ気をビシバシ感じる笑みを浮かべている。嫌な予感しかしない。

「面白そうな奴を手放す方が惜しい」

そう言葉を終わらせると同時に私と眼を合わせながらにぃっと口角を吊り上げた。嫌な予感的中だよ! と泣きたい気持ちになりながらも大慌てで私なんて全然全くこれっぽっちも面白くないですと首がもげる勢いで横に振った。

だけど、イケメン男性は私の様子に楽しげにくつくつ笑ったかと思うと私の顎を無理矢理掴み顔を近付け一言、

「諦めろ」

ドSの笑みの見本みたいな笑みでそう言い放った。瞬きすらも忘れて固まってしまう。それすらもイケメン男性は意に介することなく私を肩へと担ぎ上げた。

腹部への圧迫でハッと我に返るも既に手遅れ。伸ばした手は空を切り、忍者コスの男性によって纏められている私の持ち物は遠ざかっていった。


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