この蒼い空の下で

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自分以外誰も居なかったはずの場所で突然、何の前触れも無く背後から掛けられた声。心臓がバクバクと暴れ、視線すら動かすことが出来なくなる。

お、おち、落ち着け私! だい、大丈夫、大丈夫。ちょっと足音を聞き逃しただけだって、うん。きっと登山者とか、し、椎茸栽培してる農家さんだよ、うん!

「どうした?  聞こえてんだろ?」
「聞こえてないです! 全然全くこれっぽっちも聞こえてないですごめんなさい!!」

必死に言い聞かせていた効果はまるでなく、謝るのと同時に両手で頭を抱えるようにして体を丸めた。ごめんなさいごめんなさいお願いしますごめんなさいと同じ言葉ばかりをひたすらに繰り返す。

「Haッ! 侵入を企んでおきながら謝って済むと本気で思ってるわけじゃねぇだろ。芝居するならもっとマシな言い訳を使ったらどうだ?」

ぐっと首を掴まれた。触れる、アレ系。

アレ系の映画やゲームが好きな友達が、アレ系に捕まって引きずり込まれそうになる所が一番興奮するんだよね! と嬉々として言っていたのを思い出してしまう。連鎖的に、お化け屋敷のお化け役は客には絶対触らないから追いかけられても立ち止まってれば向こうも立ち止まってくれるよ、なんて笑っていたことも思い出してしまった。

触ってきたということはアトラクションの従業員じゃない。本物の、触れる、アレ系。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! お願いしますお供えでも何でもするから許してください! お坊さん呼んで供養もしてもらいます何でもします! だから私を連れてかないで呪わないでお願いしますぅっ!」

パニックに陥り震えながら半泣きで必死に訴えると、しばらくしてそれまで背後から放たれていた肌が泡立つほどの気配がふっと和らぎ、首を掴む手が力を緩めようか迷っているような素振りを見せた。

「芝居、じゃねぇのか?」
「お芝居じゃないです本気です! 私に出来る限りでお供えと供養をします! 毎年します! 立派なのを……お、お小遣いとバイト代で出来る範囲内でになっちゃいますけど出来る限り立派な供養をします! だから取り憑かないでください呪わないでくださいお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますぅ」

今にも泣きそうになりながら心の中でも必死に願っていたら頭上から「はぁっ」と大きなため息らしき音が聞こえてきた。

「とりあえず、芝居じゃねぇってことは信じてやる。だからまずは落ち着け。供養だの呪いだの、お前はいったい俺を何と勘違いしてやがる」

そう言うと、声の素敵なアレ系男性は私の首から手を離すと襟に指を引っ掻けぐいっと引っ張った。眼を合わせたら呪われる! と根拠もなく思って必死に抵抗したらチッという舌打ちのあと今度は肩を掴まれ抵抗虚しく強い力で無理矢理に体を起こされてしまった。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「落ち着けと言ってんだろ。眼ぇかっ開いてよく見ろ。俺がGhostに見えるか?」

呆れと若干の苛立ち、そして従わなければと思ってしまう威圧感に負け、呪われませんようにと祈りながら恐る恐る眼を開け、正面へと移動してきたアレ系男性を見た。ぱかっ、と口が開く。

「なんだ。まさかその眼で見てもまだ俺をGhostだと言う気か?」

呆れを強く滲ませた声が発する言葉に慌てて男性の足を見た。袴と草履を履いた足は途中で透けることなく爪先まではっきりくっきり見えている。恐る恐る指先で爪先に触れてみたら確かな人肌の感触と体温を感じ取れた。

「温かい……。生きてる! アレじゃない!」
「ようやく分かったか」
「やったー! 良かったー! 呪われずにすんだ! しかもすごいイケメン! こんなすんごいイケメン見たの初めて! 写真撮ろ写真。あ、撮らせてもらって良いですか?」

鞄を引き寄せながら聞いたらなぜか珍妙なものを見る眼を向けられた。初対面でいきなり写真はダメだったんだろうか。でもこれだけのイケメンなら隠し撮りはもちろん歩いてるだけで写真良いですかと聞かれるのも珍しくなさそうなのに。

「お前、その変わり身の速さはなんだ」
「変わり身? 何がですか?」
「さっきまで叫んで……いや、今はンなこたァどうでもいい。アンタ、名は?」

言葉だけを聞けばナンパかと思っただろう。それも普通顔の私にするってことはからかい百パーセントのナンパ。
だけど、声や表情の気軽さに反してイケメン男性の眼は怖いほどに鋭く、ふざけることはもちろん、言葉を誤ることすら許されないと感じるには十分だった。


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