この蒼い空の下で

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「あなたを選んだのは大失敗かと思ったこともあったけど、そうでも無さそうね」

「選んだ?」

「美夜を誰の元に預けるかを選んだのは私なのよ。衣食住と身の安全、何よりあの子の素性や体のことを知っても態度を変えず、友好的に接してくれそうな人の中からたまたまあなたを選んだの。もしかして、運命とか思ってたりした?」


からかい混じりに言われ、言い当てられたことに気恥ずかしさと気まずさを感じて思わず視線を逸らした。

運命などという陳腐なことは信じちゃいないが、美夜に関してだけは考えたことが少なからずあったのだ。

別世界同士の人間が出会ったのだ。運命などといったことを考えちまうのも仕方のないことと言っても良いはずだ。だからと言って気まずさが無くなるわけじゃねぇんだが。

俺の様子に彼女は微かに笑ったが、特には何も言わずに話を続けた。


「最初から順を追って話すわね。ことの始まりは十年以上前のことよ。仕事帰りに私は交通事故に巻き込まれたの。血を流し過ぎて意識を失って、気が付いたら自分の体を見下ろしていたわ」

「それは・・・」

「そう、死んだの。私の体はもう棺に入ってて、葬儀の最中だったから疑いようが無かったわ」


淡々とした口調に内心で驚いた。既に彼女は自身の死を受け入れているということなのだろう。

十年という年月は確かに長くはないが短くも無い。だが、何より彼女自身が持つ強さがあったからなのかもしれない。


「自分が死んだことを知った時、最初は何の感慨も湧かなかったわ。ああ死んだんだとしか思わなかった。でも泣きじゃくる美夜を見つけた時、いろんな感情が溢れたわ」


在りし日を思い出すように眼を伏せた彼女の顔には、悲しみや深い通苦が浮かんでいた。


「泣かないでと抱きしめて、側に居るわと安心させてあげたい。そう思っても、私はもう死んでいて、全ては叶わない夢でしかない。でもだからって諦めるなんて出来なかった。美夜を一人にはしたくなかった。あの子を置いて逝くなんて嫌だった」


美夜を喪ったと思った時の深い悲しみと絶望を思い出した。当時の彼女の気持ちと比べるわけでは無いが、その時感じただろう気持ちが少なからず理解出来る気がした。


「あの世になんて行きたくない。どんな形でも良いから美夜の側に居たいと願ったわ。叶えてくれるなら鬼だろうと悪魔だろうと構わないとすら思った。願って、祈って、泣いて、叫んで・・・そうしたらいつの間にか神社の社の前に居たの」

「神社?」

「ええ。家の近くにある神社よ。木々や小さな川もあって子供の足でも歩いて行けるほど近いから、私が子供の頃もよく遊びに行ったし美夜が生まれてからも行っていたから直ぐに分かったわ」

「その神社に奉られた神があんたの願いを叶えたのか?」

「ええ、そうよ。姿は見えず声を聞いただけだったけど、本能かしらね。本物の神様だと分かったわ」


言葉を止めた彼女が俺の反応を窺うような視線を向けてきた。神の存在に疑念を抱いていないか気にしたのだろう。

守り石のことを調べた時は半信半疑、というよりほとんど信じちゃいなかったが、今は違う。様々なことを体験したからか、本当に神が居るのだと聞かされても疑う気にはならない。

それに、彼女の眼は嘘を言っている者の眼ではない。娘を想う彼女が嘘を話す道理も無い。

彼女の視線を真っ向から受け止めると、ホッとした様子を見せた彼女は続きを口にした。


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