この蒼い空の下で

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強烈な目眩と、強制的に体の中から何かを引っ張り出されるような感覚が襲い、不快感に顔をしかめた。

直ぐにそれらは去り、目眩で閉じていた眼を開けた時には全てが一変していた。

以前、女から俺を試すと言われたあの空間に居た。立っているのか浮いているのかすら分からないほど、上下左右見渡す限り乳白色の空間が広がるだけの場所。

そして、あの時と同じように、俺の正面に女が居た。

違うのは、今度は影ではなくはっきりと姿が見えること。見た目から判断するに、俺より幾つか年上だろう。顔立ちが美夜に似ている。

いや、美夜が彼女に似たのか。


「久しぶりね。私のこと、覚えてる?」

「忘れるわけがねぇ。女に試されたのなんざ初めてだったからな」

「それにしては嫌そうなじゃないのね」

「面白くは無ぇが、あんたにとっては必要なことだったんだろう?」

「ええ。・・それにしても、私が誰なのか分かってるような口ぶりね」

「美夜の母親だろ」


言い切ったからか、彼女は微かに驚きの表情を浮かべた。


「ホントに当てちゃった。よく分かったわね」

「幾つか手掛かりがあったからな。それに、こうして顔を見れば一目瞭然だ」

「それもそうね。美夜は私に似たから」


ふふ、と笑った彼女が自分の頬を撫でた。その仕種だけで、美夜の童顔も母譲りなのだと悟る。彼女は俺とそう変わらない歳だと思ったが、実際はもっと上なんだろう。


「あんたに聞きたいことがある」

「美夜のことでしょう?」

こちらが言う前から分かっているということは、彼女も美夜の話をするために俺を呼んだのだろう。頷いた俺に、彼女は「だったら、」と続けた。


「まずは私の話を聞いてくれるかしら。それで分からないことや気になることがあったら改めて聞いて」


分かったと了承の意を伝えると、彼女に座るよう促された。彼女自身も腰を下ろしたため向かい合うように腰を下ろすが、確たる足場を確認出来ないこの空間では、やはり座っていても体が浮いているような感覚がある。どうにも落ち着かない。


「まずはここがどこか話しましょうか」

「美夜の持つ守り石の中じゃないのか?」

「あら、これにも気付いてたの?」

「周囲の色や石に触れた途端ここに居たかことから考えてもしかしてと思ってたぐらいだがな」

「それでも十分凄いわ。普通石の中に入れるなんて思わないもの」

「状況からそう判断しただけだ。それに、美夜と会ってから一々この程度では驚かなくなるくらいいろいろと体験してきたからな」


別世界の人間である美夜と会ったことから始まり、深夜にあいつの体に起こることや実際眼にはしていないがその場から消え遠くの地へと飛んだりといろいろなことが起きている。

それを思えば石の中に入れることなど最早大したことではないと思える。


「後悔してる?」

「An?」

「あの子と出会わなければ、全て体験しなくて済んだわ」

「美夜に出会わなきゃ、俺は過去を引きずってることにも気付かず誰かを愛することもなかっただろうよ。あいつと出会えたことは何よりの喜びだ」

「あなたにとって美夜はそんなに特別な存在?」

「ああ。美夜は俺の一部であり全てである、唯一の女だ」


不敵に笑んで言い放つ。眼を見張った彼女が次いで困ったように笑い、「なんだか私が照れちゃうわ」と呟いた。

相手は美夜の母親だったことを改めて思い出し、どうにも気まずい気分になった。

偽り無き本心だが、惚れた女の実母に向かって言うのは普通ならかなり度胸のいる台詞だ。

勢いってのは怖ぇな。

心底そう思った。


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