この蒼い空の下で

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「政宗、入っていい?」


控え目な掛け声を聞いただけで口許に笑みが浮かんだ。美夜が城に、俺の側に居る。

返事を返せば以前と変わらず仕事の邪魔をしていないか不安そうにしながら美夜が入ってくる。

日常が戻ってきた。

そう思えることが嬉しくもあり、いつの間にか美夜が居ることを日常と感じていたことに驚く。


「どうした?」

「小十郎さんがここにいるって聞いて来たんだけど・・」

「小十郎なら茶を入れに行っただけだからすぐ戻るだろ」

「そうなの? じゃあ待たせてもらってもいい?」

「それは構わねぇが・・・」


俺に会いに来たわけじゃねぇのかよ。子供じみた不満を感じるが、美夜にしては珍しく無防備にも手を伸ばせば届く距離に座っていることに気付いた。間に文机があるが、この程度何の問題にもならない。


「縛らねぇのか?」

「え? ぁ・・」


下ろされたままの髪を触るふりをして掠めるように頬に触れる。たったそれだけで美夜はほんのりと頬を染めて落ち着かなげに視線をさ迷わせる。


「ふ、冬は寒いからあんまり縛らないの」

「寒いのか?」

「え? い、今?」

「ああ」

「い、今は、あんまり。むしろ、暑い、かも」


だろうな。最初はほんのり染まっていただけだった頬は今や熟れた林檎のように赤い。側に火鉢があるのとは無関係の赤みだろう。

指の背を美夜の頬に滑らせれば困った顔で俺を見てくる。セクハラとかいうやつかどうか判断がつかないってとこか。


「こ、小十郎さん遅いね」

「成実辺りが何かして説教でもしてんじゃねぇか?」


実際は既に戻ってきていた。だが室内に美夜が居るのに気付いて引き返す姿が障子に影として映っていた。


「小十郎に何を聞きに来たんだ?」

「か、楓さんの、こと」


美夜の首筋を触っていた手が止まった。やっぱり、か。美夜なら絶対に楓の不在に気付きその理由を聞いてくるだろうと思っていた。

楓は今、逃亡と判断されるような行動を取った責を負って忍の里で謹慎している。といっても楓が動いたおかげで俺は美夜を取り戻すことが出来た。その功績は計り知れない。それを考慮し、謹慎とは名ばかりで実際は傷を癒すための療養だ。

だが楓の兄、狼(ろう)からの報告によれば、楓の傷は任を負うのに支障の無い程度には治っているものの、本人に城に戻る意思が無いという。

楓は伊達家に仕える忍。俺が命じれば直ぐにでも呼び戻すことは可能だ。だが楓が戻ることを拒む理由は見当が付くし、その気持ちも分かるため無理に呼び戻す気にならない。

そう思うが、俺は出来れば美夜の側に楓を呼び戻したいと思っている。護衛云々というより、美夜が楓を気に入っているからだ。

俺は美夜を手放すつもりは無い。既に各地に飛ばしている忍には美夜が元の世界に戻るための方法ではなく、この世界に留めるための方法を探すよう命じてある。

俺が美夜を手に入れるということは、美夜には多くのものを諦めさせることだ。だからこそ、人であれ物であれ残せるものは出来る限り残してやりたい。

俺の我が儘でしかないだろう。だが、恐らくは楓自身も心の底では許されるならば美夜の側に戻りたいと思っているはずだ。

向ける情の種類は違えど同じ人間に引かれた者同士だからこそそう思う。


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