この蒼い空の下で

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朝起きた時、ちょっと混乱した。見覚えの無い天井や部屋の模様に不安にもなった。すぐにここがどこか思い出して、でもホッとするより寂しさを感じた。

武田信玄って確か甲斐を治めてたよね? 甲斐って県だとどこになるんだっけ? 地理も歴史も得意科目じゃないから直ぐには出てこない。

でも、奥州からは遠いってことくらいは分かる。車も電車も無いこの世界なら行き来に何日掛かるんだろう。一日や二日程度だったら帰ることも出来たのかな?

今頃向こうはどうなってるんだろ。綱元さんが上手く対処したのかな? 政宗には連絡がいったかな? 怒るかな? いきなり挨拶もなく帰りやがってって。

帰ったわけじゃないの。私、今甲斐に居るの。いきなりこっちに飛ばされちゃっただけで私の意志じゃないの。


「紗夜ちゃん、入るよ」

「紗夜?」


声は佐助のものなのに言った名前は知らない名前だ。誰かと間違えた? 佐助はそんな間違いしそうにないのに。入ってきた佐助は手に着物と帯を持っていて、それを私に渡してきた。


「朝食持ってくるからその間に着替え済ませといてね」

「あ、待って!」

「ん?」

「さっき言った紗夜って?」

「ああ、あれ。ここでの美夜ちゃんの名前だよ。昨日大将が偽名を使うことになるって言ったろ?」

「そういえば」

「思い出した? 美夜ちゃんが戸惑わないよう一字違いの名前にしたってさ。それと、屋敷内の人間には美夜ちゃんのことは山賊に親を殺された娘を大将が引き取ったって話してあるから。そのつもりでね」

「ん、分かった」


佐助が出て行ってから布団から出て畳んで隅に纏めてから着替えをした。もたつきながら帯を絞めて襟を整える。

そして襟の奥からお守りの袋を出し、中身を取り出した。廊下に出て朝の明るい太陽に翳してじっくりと見る。


「やっぱり拡がってる」


昨日の夜確認した時は灯台の明かりだったから気のせいだと思い込もうとした。だけどこれだけ明るい状態ならごまかせない。

大事に布で包んでおいたのに、石の表面にいつの間にか出来ていたヒビは大きくなってた。しかも、昨日は薄暗くて気づかなかったけど、ヒビの周囲に小さな亀裂まで幾つも出来てしまっている。


「石がどうかしたの?」


片手に朝食のお膳を持って佐助が立っていた。近寄ってくると私の手の中の石を覗き込む。佐助は激痛を感じるらしいからか触ろうとはしない。


「このひび割れを見てたの?」

「うん。大事にしてたのに拡がってたの」

「昨日俺が振り落としたのが原因かな?」

「え・・・。お、落としたの!?」

「まさかあんな痛みが襲ってくるとは思わなかったからね。見た感じ表面にしか出来てないから職人に研磨してもらってこようか? 美夜ちゃんと会ったことの無い奴なら嫌うも何もないから触っても平気だろうし。どうする?」


研磨って削るってことだよね? そんなのダメ。絶対に削ったりしちゃダメ!

なぜか『嫌』じゃなくて『ダメ』と思った。大切なものだから? 神仏の加護があるらしいから?

自分でもよくわからないまま、浮かんだ感情を大切にして佐助の申し出は断った。


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