この蒼い空の下で
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小十郎と楓が辞し、一人になった室内にパチリパチリと扇子を開いては閉じる音だけが響く。
俺が美夜を求める理由。
小十郎に指摘されるまで考えたことすら無かった。不思議なものだ。女など煩わしいだけだと思っていたのに、美夜だけはそう思わない。
死んだと聞かされた時の世界が色褪せて見えるほどの哀しみ。
生きていたと分かった時の打ち震えるほどの歓喜。
たった一人の女にこうも感情を乱されるなど初めてのことだった。だが、不快ではない。
美夜だからだろうか。なぜ、美夜だけ・・・。
『政宗様に恋をしたあの女など・・』
昼間聞いたばかりの声。声もその声の持ち主も不快そのものでしかないが、あの女との会話の中で一番強く俺の記憶に残った一言。
楓が現れる前も、この言葉の意味を考えていた。あの状況であの女が嘘や芝居をする理由も必要もない。そうした素振りも無かった。
だが、あの女が美夜を見たのは美夜を襲った時が唯一だったはずだ。その時どんな会話を交わしたのかは誰にも分からないが、あの女の勘違いという可能性も高い。
高いが、絶対ではない。真実という可能性も少なからずある・・・。
「HA・・・」
思わず自嘲の笑みが零れた。美夜が俺に惚れている可能性があると知って浮かんだ感情は、喜び。相愛じゃねぇかとも思った。
相愛だと? ンなわけねぇ。あんな女らしさの欠片もないガキ臭いやつに、俺が? 有り得ねぇだろ。
そう思っても、それを否定するかのように右目が微かに熱を持った。そう錯覚した。思い出したのだ。
永劫に閉じられた瞼に触れた美夜の指先の温かさを。
同時に、絡められた小指の感触も思い出した。指切りなんざガキ同士の戯れ事みたいなものだろうと思っているのに、なぜか美夜との約束は貴いものに感じる。
戯れ事だと軽く流す気も、くだらないと無視する気も全く起きない。
・・・・俺は、美夜が好きなのだろうか。
試しに思ってみただけだったはずが、その言葉は漸く居場所を見つけたかのようにストンと胸の中に収まった。
意外にもそのことに対する戸惑いは僅かだった。その気持ちを否定しようとすればする程、美夜の笑顔や頬を染めた顔が脳裏をちらつくのだ。
そもそも何とも思っていないのなら、美夜の生死にああも感情が乱されるわけがない。
よく今まで気付かなかったものだと自分の鈍さに呆れた。
色恋沙汰に関しちゃ俺もガキってことか?
ククッと小さく笑い、パチ、と扇子を閉じた。その音が思考を凪がせる。
目を閉じ、美夜の姿を思い出す。浮かんだのは最後に見た日、出陣した日の姿だ。
不安に襲われていた美夜を安心させてやりたくて、大丈夫だと笑いかけてやった。美夜はすぐに顔を俯けたが、隠れる前に見えた顔は朱に染まっていて、不安は見てとれなかったために俺も安心して出陣することが出来た。
一方で、赤くなったあいつを見て、大勢の野郎の前でンなCuteな顔すんじゃねぇとムカついてもいた。ムカつく理由が分からず、ごまかすために出陣の合図を出したほどだ。
行軍中に届いた美夜からの文の内容にも苛立ったし、狼(ろう)の報告の中に美夜がわざわざ城下の男に会いに行っていたというものがあった時にもやはり苛立った。
今なら分かる。どれもこれも、苛立ちの理由は嫉妬だ。
それだけ俺は美夜に惚れてるってことか。まさかあんなガキ臭い女に惚れちまうとはな。
・・・悪くは、ねぇか。あいつといると退屈しねぇからな。
美夜に惚れている。そう自覚したことでより一層美夜をこの手に取り戻したいと強く思うようにもなった。
立ち上がり、部屋を出る。今度は小十郎を説得出来るだろう。小十郎が真に俺に問い質したかったことがなんなのか、美夜への想いを自覚した今なら分かる。
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