この蒼い空の下で

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空虚な日々に終止符が打たれたのは、胸糞悪いあの女を殺し損ねた日の深夜だった。驚くべき報告を持って、逃亡したはずの楓が俺の前に現れたのだ。


「お喜びください、政宗様! 美夜様がっ、美夜様は生きておられました!」


楓は未だ衣服の隙間から包帯を覗かせながらも、その顔は喜びに溢れていた。最初に侍女に扮して美夜の護衛をするよう命じた時は、忍らしく感情と呼べるものを一切表に出すことがなかった楓の変わり様に驚きを覚える。

命に別条は無かったものの、楓は手当が済むとすぐに行方を眩ませたのだという。護衛の任を果たしきれなかったことの責を問われる前に逃げたのかと追っ手が掛かった。抜け忍の末路は例外無く死だ。楓もその道を辿るはずだった。だが、楓は自ら戻ってきた。

美夜を見つけた、と。

楓は逃げ出したわけではなく、驚くべきことに美夜を探しに行っていたのだという。

美夜は深夜、日付が変わると同時に傷など体の不調が跡形も無く消える。また神仏の加護が宿ると言われる石を持っている。

そのため楓はこう考えたらしい。命が尽きかけた美夜は一旦神仏がその身を保護し、日付が変わり傷が癒えてから人の世に戻したのではないか。その際に手違いのようなものが起こり、ここ米沢ではなく別の場所に飛ばされてしまったのではないか、と。

筋道が通っているようで無理がある。錯乱していると言ってもいいかもしれない。だが、そのおかげで楓は美夜を見つけることが出来た。


「間違いなく美夜だったんだな?」

「はい! 紗夜という名で呼ばれておられましたが、私がお呼びした際に反応を示されましたから間違いございません!」


それ以上の接触は忍らしき男に阻まれ叶わなかったという。また楓は長く側に使えていた自分が美夜を見間違えるなど絶対に無いと断言した。

美夜・・・っ。

目を閉じれば鮮やかにその姿を思い出す。それが失われていなかったことが例えようもなく嬉しかった。


「美夜はどこに居た」

「甲斐の武田信玄の元に」

「甲斐の武田だと? 間違いねぇのか?」

「はい。躑躅ヶ崎館へと入っていくのを確認してから戻りました。調べましたところ、山賊に家族を殺され天涯孤独となり、それを不憫に感じた武田信玄が引き取った娘とされ丁重な扱いを受けておられるようです」


安堵した。忍が側に居たならそいつは美夜を監視するためにいるのではないか。美夜は今不自由な状況に置かれているのではないかとの心配が解消されたのだ。

甲斐の虎が噂通りの人物なら、楓の報告通り美夜は大切に保護されているだろう。一先ずその身に危険は無いはずだ。


「ご苦労だったな、楓」

「お待ちください。どちらへ行かれるおつもりですか?」


歩き出した俺を小十郎が戸の前に立ちはだかって止めた。苛立ちのままにその面を睨みつける。


「ンなもん決まってるだろう」

「甲斐、ですか?」

「分かってんならさっさとそこを退け」

「退きませぬ。甲斐へ何用で行かれると言うのですか?」

「美夜を取り戻すために決まってんだろうが!」


怒気も露に怒鳴り返すが、小十郎は全く威に返した様子も無く、真っ直ぐに俺を見ながら痛烈な言葉を浴びせてきた。


「なぜそれほどまでに美夜を欲するのです。あれは異世界から来たことを除けばどこにでもいる極普通の娘に過ぎません。同盟を結んでもいない敵国に単身乗り込んでまで欲する理由を、この小十郎が納得出来るだけの理由をお聞かせ願いたい!」


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