この蒼い空の下で

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帰城して一日が過ぎた。俺が認識していた以上に美夜は城中の者から好かれていたようで、戦勝後だというのに城内の活気はどこか精彩を欠いている。

出陣していた兵の間でも美夜が病によって城を出たことは広まり、城内のあちこちで交わされる会話の大半は美夜がいつ戻るのかというもの。中には俺が美夜を邪魔に思って追い出したのではとふざけたことを抜かしやがる奴もいた。

俺はといえば、まだ美夜の死を受け入れることが出来ないでいた。

馬を駆っても刀を握っても、何をしても気持ちを切り替えることが出来ない。美夜の使っていた部屋が片付けられることなくそのままにしてあるのも原因の一つかもしれない。

懐から布に包まれた腕輪を取り出す。美夜の生誕祝いの品だ。既に売られている物の中にあいつに似合うものが見つからなかったために、腕の良い職人に注文して俺が考えた図案で作らせたもの。

完成して城に届けられたのは、皮肉なことに美夜が消えた翌日だったらしい。贈られることなく用途を無くした腕輪だが、手放す気にならなくてこうして持ち歩いている。


「政宗様」


腕輪を布で包んでから懐に戻し、小十郎を招き入れる。


「なんだ」

「絢姫が病に倒れた美夜への見舞いの品を政宗様直々に渡したいとのことで目通りを願っております。追い返しますか?」

「美夜にだと? 当たり前だ。追い返せ。胸糞悪ぃ・・・」

「政宗様?」

「Ha、会ってやろうじゃねぇか。どの面下げて俺に会いに来たのか見てやる」


待たせているという部屋に向かい、中へと足を踏み入れる。下座に豪奢な着物を着た女と付き添いの侍女らしき女が頭を下げている。恐らく、見舞いと称して美夜の死を公表しない理由を探りに来たのだろう。


「何をしにきた」


上座に座り、顔を上げる許しを与えることなく問う。女の肩が震え、侍女が気遣うように主を盗み見た。さて、どうするか。女の後頭部を見下ろしながら反応を待つ。


「・・・まずは此の度の勝利、おめでとうございます。これで奥州平定も間近でございますね。しかし、美夜、様が病を得て倒れられたとか。政宗様もご心配かと思い、僭越ながらこちらの品をお持ち致しました」


間があったが頭を下げたまま口上を述べ、手で傍らに置いてある箱を示した。微かに室内に漂う匂いから判断するに、箱の中身は薬草だろう。

女を見れば、肩も声も指先も、恥辱のためか震えている。美夜の名を言う時の敬称も嫌々なのが隠し切れていない。

昔からこいつはそうだった。初めて顔を合わせたのはまだ俺が当主位を継ぐ前、十四の頃。周りが決めた正室候補の他の女達と共に、花見と称した見合いの場にこの女も居た。

母親に似て美しく、まだ子供ながら琵琶の腕は天性の才に恵まれ、茶や花、詩などの才も素晴らしい。というのが事前に俺に伝えられたこの女に関する情報だった。

確かに見目は整っている方だろう。琵琶の腕も、その他のことに関してもだいたいは噂通りだった。だが、父上が真っ先に候補から外したのはこの女だった。

理由は性格だ。一言で表すなら傲慢。自分と同等、もしくは上の身分の人間以外は全て下賎だと蔑み、自分に与えられるあらゆるものは与えられて当然だと思っているのが態度に現れていたのだ。

恵まれた環境にある者は、同時にその環境に見合うだけの責務を負う。この女が当たり前に身につけている衣服とて、無尽蔵に湧いてくるわけではない。材料となる綿を育てる者、糸を紡ぐ者、染める者、仕立てる者。多くの人間が居て初めて出来上がるのだ。

この女はそういったことを考えたことすらないだろう。

だが、美夜なら違う。

あいつは夏に着るものを仕立てさせた時、特別に作ってもらうのだからと最低限の枚数しか作らなかった。使う布地も一番安いものでと言ったために、俺の許婚という体裁を保つためにも多少なりとも良いものをと侍女等が諭したとのだと後で聞いて知った。

それに、美夜は夏も秋も、服が完成する度に針子達の仕事部屋まで足を運んで礼を伝えていた。美夜は感謝の念というものを常に忘れない女だった。厚顔で傲慢なこの女とは何もかもが違う。


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