この蒼い空の下で
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「ここに居たのかよ! あちこち探し回っちゃったじゃん!」
お風呂の用意が出来るまで、待ちながら部屋の前の縁に腰掛けて盥に張った水で手足の汚れを落としていたら成実さんが来た。いつもと違い緊迫した様子で、それを見た政宗も真剣な顔になった。
「何があった」
「あの人が、来た」
あの人、と聞いただけで政宗の表情が一瞬だけ歪んだ。辛いのや苦しいのを堪えてる表情に見えた。政宗のこんな顔初めて見る。そんなに苦手な人なの?
「今小十郎が相手してる。綱元と手分けして二人を探してたんだけど、一緒に見つかって良かったよ」
「美夜が目的か」
「みたいだよ。来て早々に美夜ちゃんの部屋を聞いたらしいから。たまたま近くに小十郎が居たから足止め出来たんだ。で、小十郎から伝言。美夜ちゃんは暑さにやられて体調を崩してることにするって」
「ちょ、ちょっと待って! なんで嘘をつく必要があるの? 誰か知らないけど私に会いに来たんでしょ? だったら、」
「必要ねえ。というより会わねね方がいい」
「俺もそう思う」
「なんで……」
「話してる時間はねえ。とにかく今は病人のふりして…」
「お待ちください!」
ふいに聞こえてきた小十郎さんの声は今まで聞いたことが無いほど焦ったものだった。政宗が舌打ちをして、小声で私に向かって何を聞いても無視しろ、と言ってきた。何がなんだか分からないでいるうちに角から女性が現れた。
豪奢な着物を着た迫力美人。すっきりした目許が誰かに似てる。私と眼が会うと、その顔が険しいものに変わった。追って来ていた小十郎さんが、私と女性が会ってしまったのを認めると阻止出来なかったことを悔やむような表情を一瞬だけ見せた。
「お前が美夜という名の娘か」
「は、はいっ」
尊大な口調。冷淡な視線。着ているものからも薄々思っていたけどこの女性は身分が高い人なんだろう。竦み上がりそうになるのを抑え、慌てて立ち上がってあいさつをした。ジロジロと全身を見られる。なんだか値踏みされているみたいで嫌な気分になってくる。女性がふん、と鼻を鳴らした。
「このような下賎な輩を妻にしようとは、いったい何を考えておる。よもや己(おの)が子を成して伊達の家を乗っ取るつもりか?」
侮蔑しか篭っていない言葉に最初は何を言われたのか分からなかった。ゆっくりと思考が追いついて、同時に怒りが沸き起こって反論したくなったけど、寸前で下手に口を出して場をややこしくしてはいけないことや政宗からも無視しろと言われたことを思い出して我慢した。
それに、今の私は服も髪も汚れたままだから、この人の目には尚更醜く映っているのかもしれない。でも、伊達家を乗っ取る、ってどういうこと? 政宗は伊達家の正当な当主でしょ?
「違います。美夜は、」
「言い訳などいらぬ。伊達家を乗っ取るつもりではないと言うのなら早々に小次郎に当主の座を明け渡せ。化け物の分際でいつまで当主面をしておるつもりじゃ」
女性は悪意の塊としか思えない言葉を政宗に投げつけた。こんなにも強い悪意の言葉を聞くのは初めてで、衝撃が強すぎて言葉の意味を捉え損ねる。視界の端に、女性を険しい顔で見る小十郎さんが映った。
視線を巡らせれば成実さんは今にも女性を殺してしまうんじゃと思うほど鋭い視線で睨みつけているし、いつの間にか来ていた綱元さんは無表情で女性を見ていた。いつも微笑を浮かべてる印象しか無かったからか、無表情なのが余計に怖い。
政宗は平然とした顔をしているけれど、その手が強く握り締められているのに気付いた。思わず手にそっと触れたら政宗はハッとした顔をして、大丈夫だと言うように微かに笑った。でも、普段の政宗からは想像もつかないほど力無く見えて、ちっとも大丈夫そうに見えなかった。
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