Short Story

□変態馬鹿殿と苦労妻、産まれる。
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何事も無く順調に月日は過ぎ、とうとう産み月となった。産着やむつき(おしめ)の準備も整っているし乳母や産婆の手配も済んでいる。あとはその時を待つばかり。

なのだけど、産み月を迎えた腹は自分でもびっくりするほど膨らんで、足元は見えないし立ったり起き上がったりといった何気ない動作すら大変なほど重い。命の重さだから嬉しい気持ちもあるけれど、それとこれとは別だ。重くて疲れてくると早く産まれないかしらと思う。

だけど、過保護な政宗が細々と手助けをしてくれるおかげで大半の妊婦よりはだいぶ楽に動けているんじゃないかなと思う。まさか政宗の過保護さに感謝する日が来るなんてと驚いたけど。

「いつ産まれるんだろうな、Honey」
「もうすぐよ」

愛おしげにこんもりと膨らんだあたしのお腹を撫でる政宗に自然と笑みが浮かぶ。政宗は子供を愛する良い父親になってくれるだろう。願わくば、愛しすぎて親馬鹿になりませんように、そして父親になることで変態部分がなりを潜めてくれますように。

「っ!」

お腹の子が腹を蹴った。腹を触っていたから感触を手のひら越しに感じられたことに政宗は喜んでしまりの無い顔になっているけれど、蹴られたあたしの意見としては正直なところ、痛い。元気が有り余っているのかやんちゃな子なのかそれとも寝相が悪いのか、時々強く蹴ってくるのだ。お願いだから母様を労ってと思ってしまう。

「政宗様、美夜様。湯殿のご用意が整いました」
「ありがとう」

教えに来てくれた侍女に礼を言い、政宗の手を借りて立ち上がる。湯殿といえば当然足場は濡れている。だから城に戻ってからは必ず政宗と一緒に入っている。最初の頃は過保護過ぎだと思ったけど、やっぱりこれも腹が大きくなってくるとかなり助かっている。

今夜も一緒に入り、風呂の中でもベタベタ触ってくる政宗を適当にあしらい長湯にならない内に出る。濡れた体と髪を拭いて白小袖を纏い政宗を見ればあたしの世話を優先するためにまだ髪の先から滴を滴らせていた。そんな政宗に苦笑して、侍女から手拭いを受け取りながら政宗を椅子に座らせた。ちなみにこの椅子はあたしが休めるようにと政宗の指示で設置されたものだ。

「春とはいえ夜は冷えるんだから風邪引くわよ」
「Honeyへの愛で体はいつも熱いから大丈夫だ」
「はいはい」

聞きようによって淫らな意味にも聞こえる言葉を適当な相槌で流し、政宗の頭に手拭いを被せてわしゃわしゃと乱暴に拭いていく。

「拭きにくいのだけど」

腹に頬を寄せながら抱き着いてくる政宗に淡く笑いながら軽く髪を引っ張り頭を元の位置に戻す。そうしながらも、細やかに助けてくれるのが有り難いからと優しくし過ぎているかもしれないと思った。調子に乗るようならビシッとしないと。

なんてことを考えながら腹に頬を寄せる政宗の髪を引っ張って戻して、を三度程繰り返し、こんなものねとある程度水気の取れた政宗の髪を手櫛で簡単に整えていた時だった。

「んっ」
「Honey? また強く蹴ってきたのか?」

違う、と首を振る。蹴られた時のと痛み方が違う。陣痛、だろうか。でも産まれくる子のために雇った乳母や出産経験のある侍女らから、陣痛の前にまるで本番前の予行のように痛みが襲うこともあると聞いている。これがその予行の痛みなのかそれとも本番の痛みなのか、それとも別の何かなのか、身籠るのが初めてのあたしには判断がつかない。

とにかく、もしものために産婆を呼んでもらって、部屋に戻って。と考えていたら足が宙に浮いた。あたしを抱き上げた政宗の顔は奥州筆頭の名に相応しい顔付きで、いつもこうだったら良いのに、なんてことを思っている間に政宗はてきぱきと動いた。

あたしを抱き抱えたまま浴室から出ると人を呼び、産婆を呼ぶよう命じる。その間も足は動いていて、部屋に戻ると入浴の間に敷かれていた寝床に私を寝かせた。駆け付けてきた侍女らにも次々と指示を飛ばしていて、その姿は文句無しに『頼れる男』そのものだった。

本当に、いつもこうだったら良いのに。


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